Disc1 Track12 更生
…………ざっ…………ざっ……
坊主頭の男は、先ほどの舐め切った態度とは異なり、警戒心を覗かせる目つきでオレの様子を伺いながら近づいてきた───
「……なあ、やばいんちゃう??」
「あほ!! ……総長はオレらよりずっと強いやんか?? 頭だってキレるし……素人やなかったとしても、女に負けるわけないやろ……たぶん……」
すっかり観客と化してしまった取り巻き2人組は───オレと坊主頭の男を交互に見ながら、コショコショと何かを話しているようだったが……どうでもいい。
『虫けらの羽音』など───『耳障り』なだけだ……耳を貸す義理はない。
そして坊主頭の男が2mほどの距離まで、詰めて来たその時……
そいつはなんと───ファイティングポーズをとった!!
「……ッシュ」
長いリーチを生かした鋭い左のジャブ!! 2mほど距離があったはずなのに、そいつが後ろ足で地面を蹴り出すと同時に───オレの顔面まで飛んできた。
「!! …………」
やや面食らったが、そいつは勢いよくオレの懐に飛び込んできたため、左腕を伸ばし切った状態で真横を向いてしまった。その瞬間を見逃さず、そいつの左脚の外側に回り込み、先程の左ボディを───こいつの脇腹にも叩き込んでやろうと思ったのだが……
「……あぶねっ……!!」
そいつは、送り出した左足で地面を強く踏みしめ───反発を用いて体勢を立て直し、オレから距離をとる!! ふりだしに戻った。
「……なんかやってたでしょ?? ……『伝統派空手』??」
「ああ……ガキのころにやっててん。一応『黒帯』持ってんで。その後すぐにやめたけど」
『伝統派空手』は『フルコンタクト空手』以上に競技人口が多い。一般的に『空手』───と聞いたら《《こちら》》の方を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
「……空手やってた人が、不良なんてやっちゃだめでしょ……」
「せやな……でもあれやで。喧嘩強いヤツって、だいたい昔なんかやっとったヤツやで。一番多いんは……フルコンやな……お前もやろ??」
フルコン───とは『フルコンタクト空手』の略称である。
「……まあ……でも自分から喧嘩売ったりしないよ……特に高校入ってからは一度もしていない」
「……まあ伝統派ならええやろ……あんなん寸止めやし」
伝統派空手は対戦相手の顔面や腹部に───素早く『突き』や『蹴り』をタッチし、多くのポイントを先取した者が勝利となる。
つまりダメージを与えて、倒すことを目的としていない。もし試合中に、攻撃を打ち抜いてしまったら───『反則負け』となってしまう。ただ……
「そうは言っても、結構当ててるじゃん??」
そう……『当ててはいけない』というのは、ぶっちゃけ建前だ。『寸止め空手』───という名称は、フルコンタクト空手が流行り出した時に、一部の心無い人間が、それまで主流だった伝統派空手を貶す目的で、吹聴した名称だ。
「……せやな……まあ確かに……フルコンやっとったヤツ何人か倒したことあるしな」
彼は鼻にかける様子もなく、さらりと自身の戦歴を口にした。少しの間沈黙が走り───西日が木漏れし、公園の乾いた地面を照らす。
「!!……おいおい!! 嘘だろ……!?」
「!?……総長の左のパンチ躱したヤツなんて今までおったか!? オレなんて初めて総長と出会った時……あのパンチ一発で意識飛ばされたで……!!」
どうやらこの男は───こいつらの界隈ではそれなりに名のある男らしい。確かに筋は悪くない。
「……どうする?? ……続きやる?? ……なんか……君は《《他のヤツ》》とは違うみたいだし……できれば止めたいんだけど」
真面目に練習すれば一流の格闘家になれるだろう。それだけにもったいない……手下どもにもそれなりに慕われているようだし───性根まで腐っていないのなら尚のこと。
しかし───彼にも不良としての面子というものがあるようだ、
「……せやな……ただ……手下が女にボコされたまんまっちゅうんは…………解せんわなあ……」
そんなことを呟いた───だが、ここでオレは聞き捨てならない言葉を耳にしたので
「……オレ……男だよ」
話が本筋からずれてしまいそうだなとは思いつつも、彼の発言に突っ込みをいれた───そして案の定……
「……はっ?? ……もっぺん言うてみい……??」
手下どもをギッタギタにやっつけた際は、大して驚いた様子を見せていなかったが───オレの口から『男』という単語が飛び出た瞬間……彼は訝し気に眉をひそめた。
「……オレ……お・と・こ……てか……一人称が『オレ』なんだから、男に決まってるでしょ??」
「……せやけど……女でも、一人称───『オレ』ってヤツおるやん……空手やってる女なら尚更……」
言われてみれば彼の言うことは……ごもっともだ。『ジェンダーレス』が叫ばれている昨今の“ルーサン帝国”において───「男なんだからこう、女なんだからこう」と決めつけてしまうのは良くない。オレは少し反省した。
ここで彼は、腕を組んで首を傾げると難しい顔になった……オレたちの間に気まずい空気が流れだす。その一方で……
「!!……あいつ男やったんか……」
「!!……お前!! 女に相手にされへんからって、いくらなんでも……」
「いやだって!! あんなかわいいんやから……女やって思うやろ……!! ふつう……」
もはや完全に蚊帳の外で置き去りにされていた取り巻き2人は───またもや、どうでもいいやりとりを繰り広げていた……もう帰りたいんだけど……
しかし、そうは問屋が卸さぬと言ったところだろうか。坊主頭の男はどういう訳か……冒頭の舐め腐った態度からは想像できない───精悍な顔つきになっていた。何かしらの決心を固めたようにも見える。
「……なるほど、言われてみれば……そんな気がしてきたな……経験者とはいえ、ここまで強いんは……『女』じゃありえへん……」
どうやらオレは余計なスイッチを入れてしまったらしい。いらんことを衝動的に口走る癖が、ここでも出てしまった……彼は続ける。
「……ほな、どっちかくたばるまで……とことんやろうやあああ!!!!」
彼は、闘志をたぎらせた目から熱い眼光を放ち───オレ目掛けて再び、拳を繰り出して来た。その様子は不良というよりは───『強敵』と書いて「とも」と読む宿命の『好敵手』に出会えた少年漫画の熱血主人公を彷彿とさせた。
(……めんどくさあああああ!!!!)
…………………………
──結論から言う……オレが勝った。
彼は最初の数十秒こそ、それなりにいい動きをしていたのだが……やはり長い間、稽古をさぼっていたためだろう。すぐに息を切らしてしまったのだ。
2,3発……彼のジャブが、オレの頬をかすめたが『決定打』は一発も貰わなかった。1分ほど経過して、向こうが息切れしだしたのを見計らい───オレはカウンターのボディブローをお見舞い。
この段階で、彼はオレに一瞬背を向けたので追撃をやめた。
しかし、相手もなかなか根性がある。頭を振って、己を奮い立たせると怒号と共に……オレに『突き』や『蹴り』を再び繰り出して来た。しかし、所詮は『イタチの最後っ屁』───彼がひと通り打ち終わったタイミングで、オレは彼の懐に飛び込み、首相撲からの膝蹴りを数発ほど腹に軽く叩き込んでKOした。
──彼は今……『大の字』になって、地面に寝そべっている。
「!!……総ちょおおおおおおお!!!!!!」
「!!……うっ……総長……!! 自分ら……感動したわ……あんた漢やわ……」
先ほどまでオレたちの成り行きを見守っていた2人は、満身創痍の彼に駆け寄ると───男泣きに打ち震えながら、彼を労いだした……全く意味が分からない。
「……オレ……『正利』って名前やねん……よろしくな」
そしてこのタイミングで自己紹介……??
「……オレ……不良やめるわ……高校もちゃんと通う。もっかい空手やるわ」
「……そっか……ついでにタバコもやめな。あと『ポイ捨てしたやつ』───ちゃんと捨ててね」
「ああ……ごめん……」
『不良漫画』のワンシーンを見ているようだ……彼は自身が、そんな『ワンシーン』の中にいるように錯覚しているんだろうか?? 恍惚とした表情で浸っている。……んっ?? てか……
「え……君たち……高校生だったの??」
「せやけど……全員『高2』。お前も同い年くらいやんな??」
「オレ……もうすぐ20歳なんだけど……」
「……ほんまか!? ……バリ若いな!! 」
現代医学でもその根拠は未だに不明らしいが───『マリオネット症候群』の患者は実年齢より若く見られることが多く、体毛や声変わりなどの……『第二次性徴』が、ほとんど起こらない。オレの外見が女性のそれと変わらない理由でもある。
「……まあいいや。でも、よかった。もう悪いことすんなよ。女の子いじめたり……」
「ああ!! ……あれは嘘や!! ……ただの『イキリ』よ」
「えっ……!? 」
坊主頭の男───もとい正利の年齢に見合わない野武士面を覗き込んでいた取り巻き2人も小さく頷く、
「そうっすよ……そんなひどいこと……流石にできませんよ……」
「……なんならオレら全員───まだ童t……」
(しまった……そうだと知っていたなら、あそこまで痛めつけなかったのに……)
申し訳ないことをした。オレが申し訳なさそうな表情を浮かべたことを彼は察したのか、
「まあ、こいつらのことは気にせんといて!! もともと喧嘩ふっかけてきたんは───こいつらやし。連れの女の子にも手出して申し訳なかったな」
「……そう……ならまあ……って!? ……あっ!! しまった!!」
ここでオレはベルに『おつかい』を頼んでいたことを───すっかり忘れていた。




