↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソフィアレコード ―傷跡の先に、世界は眠る―  作者: 長月あい
第一章 帰りを待つ人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/25

第23話「再調査の依頼」

前回のあらすじ


ミレイユとの食事を終えた帰り道。


広場のベンチで、リントはかつて自分を迎え入れてくれた一人の男のことを語った。


帰ってくると信じて待ち続けた日々。


誰にも話すつもりのなかった過去を、気づけばリントはミレイユへ話していた。


「ずっと……待ってたのに」


こぼれた言葉にミレイユはただ、握りしめられたリントの拳へ、そっと手を重ねる。


そして帰り際、リントは彼女へ一つの言葉を口にした。


「優しいですよね」

昼を少し過ぎた頃、リントは冒険者ギルドの扉を開けた。


依頼掲示板の前には何人かの冒険者が集まり、受付から聞こえる話し声に、ときおり椅子を引く音が混じっている。その間を抜けながら受付へ目を向けると、ミレイユは先に来ていた男の対応をしていた。

男がカウンター越しに何かを尋ね、ミレイユが手元の書類を指で辿(たど)りながら答えている。

空いている受付へ向かいかけたところで、その顔がふと上がった。


目が合う。


ミレイユは話を続けたまま、男からは見えないカウンターの陰で片手を小さく上げた。指先だけを、ひらひらと揺らす。

リントは一瞬だけそれを見て、同じように小さく手を上げると、そのまま隣の受付へ向かった。


隣の受付には、若い女性職員が座っていた。


「こんにちは。今日は依頼をお探しですか?」


「はいリントです。しばらく予定もないので、何かあれば」


女性は頷(うなず)き、手元の帳面(ちょうめん)へ目を落とした。何枚かめくったところで、その指が止まる。


「あ、リントさんでしたら……少しお待ちいただけますか」


そう言って、受付の奥へ視線を向けた。


「ギルド長が、来られたら声をかけるようにって」


「ホルトさんが?」


「はい。依頼のことでお話があるそうです」


女性は席を立つと、そのまま受付の奥へ入っていった。

リントはカウンターの前に残りながら、壁際の依頼掲示板へ目を向けた。


しばらくして戻ってきた女性に案内され、リントは受付の奥へ入った。

ホルトは机に広げていた書類から顔を上げると、向かいの椅子を示した。


「ちょうどよかった。仕事を探しに来たんだろ?」


「そのつもりでしたけど」


「なら話は早い、まぁ座れ」


リントが椅子に腰を下ろすのを待って、ホルトは手元の書類を一枚抜き出した。


「護衛の依頼が入ってる。行き先はグランツハイム領、前にお前たちが入った鉄鉱山(てっこうざん)だ」


崩落(ほうらく)した坑道(こうどう)の先で見つけた空洞。その奥には、岩肌(いわはだ)とは明らかに違う平らな壁が埋まっていた。

あの薄暗い空洞で、壁を蹴(け)って頭上から襲(おそ)いかかってきたサブテラーの姿も、まだ頭に残っている。


「……また護衛ですか。最近、多いですね」


護衛、と聞いて、リントはここ最近の依頼を思い返した。

少し前までなら、掲示板に並んでいても目が向く仕事ではなかった。それが一度引き受けてから、妙に縁(えん)が続いている。


あの薄暗い空洞で、壁を蹴(け)って頭上から襲(おそ)いかかってきたサブテラーの姿も、まだ頭に残っていた。


「鉱山はグランツの兵が入っている。空洞までの道も少し整備して、壁の前にも兵を置いてるそうだ。前回よりは動きやすい」


ホルトは書類の一箇所を指で示した。


「グランツ伯爵が、あの壁をもう一度調べたいらしい。それでローズベルグ家に話が来た。現地の戦力は足りてるから、お前に頼みたいのは道中と調査中の護衛だ」


「調査に行くのは誰ですか?」


「前回と同じ、ヴェルナ嬢だ。持ち帰った記録を調べてたのも彼女らしい」


――また、断られてしまいましたね。


宿の前で浮かべたヴェルナの笑みが、ふと蘇(よみがえ)った。


「お前は珍しくパーティーを組まない冒険者だからな。護衛を避けてるのも分かってはいる。本当なら今回もダレンに回すつもりだった。前回も現場を仕切ってるしな。ただ、あいつは今、別件で街を出てる」


ホルトは手元の書類を指で寄せた。


「そこで、だ。前の調査に参加して現場も知ってる。あそこで魔物ともやり合ってる。腕も素行(そこう)も問題ない。ヴェルナ嬢の護衛を任せるなら、お前が一番話が早いってわけだ」


書類には、依頼主としてローズベルグ家の名が記されていた。


「まあ、無理にとは言わん。お前が護衛を好まないのは知ってるからな。断るなら、他を探す」


出発は二日後。グランツハイムまでの往復と、現地での護衛。日数も報酬も、特に断るような条件ではなかった。

数日前、自分から離れたはずのものが、また目の前に置かれている。


前と同じように、仕事以上に近づかなければいい。今回はただの護衛で、行って、守って、調査が終われば帰ってくる。それだけなら何も変わらない。食事に誘われたところで、また断ればいい。


そこまで考えたところで、リントは書類から目を離した。


三日前は、ミレイユと約束を守るために、ただ食事をして帰るだけのつもりだった。

気づけば横に座り、話すつもりのなかったことまで話していた。

それでもギルドへ来ればミレイユはいつもの場所にいた。目が合えば、変わらず手を振ってくれた。


だから今回も大丈夫だなんて、ずいぶん都合のいい考えだと分かってはいる。


ホルトが書類を引き寄せかけたところで、リントの手がその端を押さえた。


「いえ……。俺がやります」


「そうか、出発は二日後の朝だ。ローズベルグ家の馬車でグランツへ向かう。詳しい日程は向こうで確認してくれ、調査の進展具合で日数が変わる」


「分かりました」


「現地に着いてからはグランツの兵がつく。さっきも言ったが、お前はヴェルナ嬢から離れなければいい。何かあっても、勝手に追うなよ」


「……はい」


「なら決まりだ、受付で手続きだけ済ませていけ。ローズベルグ家にはこっちから伝えておく」


ホルトは机の端に置かれていた別の書類を取り、何かを書き込み始めた。


***


二日後。


リントがローズベルグ邸へ着いたときには、門の前に一台の馬車が停まっていた。


後ろでは御者(ぎょしゃ)が荷台に積んだ木箱を縄で固定しており、そのそばでアルフレッドが手元の紙と荷物を見比べている。リントが門へ近づくと、先にこちらへ気づいたアルフレッドが紙を折り畳んだ。


「おはようございます、リント様」


「おはようございます。少し遅かったですか?」


「いいえ。もう間もなく準備が整いますので、ちょうどよい時間です」


馬車の脇には革鞄や水桶(みずおけ)がまとめられ、その横には見覚えのない箱もいくつか置かれていた。前回より荷物が多い。


リントがそちらを見ていると、屋敷の扉が開いた。

アルフレッドが振り返る。


その向こうから、革鞄を手にしたヴェルナが出てきた。


「おはようございます、ヴェルナ様」


「リントさん!おはようございます」


ヴェルナはそのまま階段を下りてきた。


「今回も、よろしくお願いします」


「はい。こちらこそ」


ヴェルナが持っていた革鞄へ、リントは手を伸ばした。


「それ、持ちますよ」


ヴェルナは鞄を持ったまま、リントの前まで歩み寄った。

リントが鞄へ手を伸ばす。そのすぐ近くで、銀色の髪が肩からさらりと落ちた。


ヴェルナは持ち手をこちらへ向ける。


「少し重いですけど、大丈夫ですか?」


顔を上げると、ヴェルナがこちらを見ていた。


「……ええ、大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


ヴェルナはそのまま鞄をリントへ預けた。

御者(ぎょしゃ)が荷を固定しているあいだに、アルフレッドは積み込まれた箱を一つずつ確かめていた。


「アルフレッド。もう大丈夫ですよ」


最後の箱を確かめてから、ようやくアルフレッドが顔を上げる。


「……左様でございますか。では、お嬢様。どうかお気をつけて」


「ありがとう、アルフレッド」


ヴェルナはそう言って、柔らかく笑った。


「では、お二人とも。お気をつけて」


御者(ぎょしゃ)が手綱(たづな)を引くと、馬車がゆっくりと動き出した。


門の前に立つアルフレッドの姿が窓の向こうへ流れ、やがてローズベルグ邸も建物の陰へ隠れていく。

馬車は朝のローゼンフェルトを抜け、グランツハイム領へ続く街道へ出た。


向かいに座るヴェルナは、膝(ひざ)の上に置いた小さな革鞄を開いていた。


「ヴェルナ様、あれからずっと調べものですか?」


「ずっと、ではありませんよ」


ヴェルナは少し考える。


「アルフレッドと街へ買い物にも行きましたし、父と領内を回った日もありました。あとは……庭のお花をお手入れしたり」


「ヴェルナ様が手入れしてるんですか?」


「はい。全部ではありませんけど、私が植えたものもありますから」


「へえ……でもなんとなく想像できますね。庭で手入れされてる姿」


「そうですか?」


ヴェルナは小さく笑った。


***


二日目の夕方、馬車は山の麓(ふもと)にある町へ入った。


通りには石造りの建物が並び、軒先には泥のついた長靴や作業道具が置かれている。道の脇に停められた荷車には何も積まれておらず、荷台だけが夕暮れの中に残されていた。


宿に荷物を置き、明日の出発時間だけ確認して部屋へ入る。長く馬車に揺られていた身体を休めているうちに、窓の外はすっかり暗くなっていた。


そろそろ夕食にしようかとベッドから腰を上げたところで、扉を叩く音がした。


「リントさん、私です」


扉を開けると、ヴェルナが立っていた。


「どうしました?」


「そろそろ夕食にしようかと思いまして。明日の出発時間や、これからの日程についても少しお話ししておきたいので、ご一緒しませんか?」


リントは扉に手をかけたまま、ヴェルナを見た。


「………わかりました。行きましょうか」


「はい。行きましょう」


ヴェルナは先に廊下を歩き出した。

一階へ降りると、食堂にはすでに何組かの客がいた。厨房(ちゅうぼう)からは肉を焼く匂いが流れてくる。


空いていた卓へ向かい合って座り、しばらくして運ばれてきた煮込み料理に手をつける。


「それで、明日は何時に出ますか?」


リントがパンをちぎりながら尋ねる。


「朝食を済ませたら出ましょう。ここから鉱山までは歩いて三十分ほどですから、少しゆっくりでもかまいません」


「分かりました。着いたらグランツの兵と合流でしたよね、調査は何日くらいを予定してます?」


「それは、実際に調査してからになりますね。長くても五日で戻るよう父に言われていますから、それまでには何か掴(つか)みたいです。調査中は、ここから鉱山へ通うことになると思います」


「なるほど……他には何かありますか?」


リントは煮込みを一口食べた。


「現地ではグランツ伯爵の兵士が配備されてるそうなので、前回よりは安全かと思います……今、お伝えできるのはこのくらいでしょうか。どうしても現地での調査次第になりますので」


ヴェルナはそこで言葉を切り、再び料理へ手をつけようとする。

リントはパンを持ったまま、その様子を見ていた。


「……ヴェルナ様。予定の話って、今ので全部ですか?」


「はい。今のところは」


「……もう少しあるのかと思ってました」


「そうですか」


ヴェルナは煮込みの中から豆をすくい、口へ運んだ。

皿に触れる食器の音に、少し離れた卓から聞こえる笑い声が重なる。

リントもちぎったパンを煮込みに浸(ひた)した。


しばらくして、ヴェルナがスプーンを皿へ置いた。


「……リントさん」


「はい?」


「私ばかり話していましたけど、リントさんは何かありませんか?」


リントは少し考える。


「明日のことなら、特には」


「明日のことでなくてもいいですよ」


「明日のこと以外……特にないですけど、何かありましたっけ?」


「さぁ、何でも構いませんけど。リントさん、リューデンではそんなに困っていませんでしたよね」


リントの手が止まった。

煮込みに浸(ひた)したパンの端から、汁が一滴、皿へ落ちる。


「……そうでしたっけ」


「そうでしたよ」


ヴェルナはそう答えると、またスプーンを取った。


***


食事を終えて二階へ戻り、それぞれの部屋の前で足を止めた。


「では、明日は朝食のあとに」


「はい。あと、もしこのあと外に出るなら声をかけてください。ご一緒しますので」


ヴェルナは自分の部屋の扉に手をかけたところで、リントを見た。


「分かりました。では、そのときはお願いします」


ヴェルナが部屋へ入るのを見届けてから、リントも向かいの扉を開けた。

廊下に二つの扉が閉じる音がして、宿の夜は静かに更(ふ)けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。