第19話「リントの兆し」
前回のあらすじ
グランツハイム領西部の鉄鉱山を調査するため、ヴェルナはシルヴァハイムのギルドで二人の護衛を依頼する。
選ばれたのは、山岳地帯での経験を持つBランク冒険者ダレン・クルガと、東の森林地帯でヴェルナを無事に連れ帰ったリントだった。
リューデンから戻って以来の再会となったリントとヴェルナの間には、以前とは少し違う距離が残る。そんな中、護衛の指揮を任されたダレンは、危険があれば調査よりヴェルナの安全を優先することを確認し、リントには現地で彼女のそばを離れないよう伝える。
翌朝、三人はシルヴァハイムを出発。山麓の集落を経て鉄鉱山へ到着すると、グランツハイム伯爵家から派遣された兵たちと鉱山の監督から、崩落の先に見つかった空洞と、そこに残された人工的な壁面について説明を受ける。
周囲の安全確認と退路の確保を兵たちが、ヴェルナの護衛をダレンとリントが担うことを決め、それぞれが装備を整える。
そして兵隊長の「気を引き締めていけ」という言葉とともに、一行は鉱山の奥へ足を踏み入れた。
坑道の奥には、壁際の灯りが一定の間隔で続いていた。
先頭の兵が携帯灯で足元を補い、その後ろを監督が迷いなく進んでいく。頭上には岩盤を支える木組みが並び、壁には掘削の跡が残っていたが、採掘を止めている今は鉱夫の姿も作業の音もない。
リントはヴェルナの一歩後ろにつき、前方と足元へ交互に目を配っていた。
坑道は二人並んでも歩けるほどの幅がある。それでも壁際には砕けた石が寄せられ、ところどころ浅い段差が残っている。
「この先です」
監督の声に、前を向く。
坑道の先で木組みが途切れていた。
壁際に続いていた灯りも、その手前までしかない。先頭の兵が携帯灯を持ち上げると、崩れた岩盤と、その隙間にできた細い通路が浮かび上がった。
「崩れたのはここです。向こうへ抜ければ、すぐ空洞に出ます」
隊長は頭上を見上げ、それから岩の重なりを確かめた。
「先に行け。岩には触るな」
「はっ」
兵が身体を横にして隙間へ入る。灯りが岩の向こうへ消え、ほどなく声が返った。
「問題ありません」
監督と隊長が続く。
ヴェルナも隙間の前まで進んだ。
「右側、少し高くなってます」
「はい」
リントの声に足元を確かめ、岩へ服を引っ掛けないよう身体を横にする。
ヴェルナが向こうへ抜けるのを見届けてから、リントも後を追う。
先頭の兵が灯りを高く掲げた。
光の届く範囲が広がるにつれ、空洞の輪郭が少しずつ浮かび上がっていく。
天井は坑道より遥かに高い。左右へ広がる岩壁の間を、地面が奥へ向かって緩く下っている。その先には、壁の一部が黒く抜けた場所がいくつもあった。
壁面まではまだ距離がある。
先頭の兵が灯りを掲げたまま進むと、その光に合わせて足元の岩肌が少しずつ現れていく。坑道のように道が整えられているわけではなく、一行は散らばった石を避けながら空洞の奥へ進んだ。
けれどヴェルナが見ていたのは、左右の壁穴ではない。
空洞の奥。
携帯灯の光を受けた一面だけが、周囲の岩とは違って見えた。
自然の岩肌には大小の凹凸が続いている。それなのに、その場所だけが不自然なほど平らだった。
「……あれですね」
監督が頷く。
「はい。私たちが確認したのも、あそこまでです」
壁面の端は周囲の岩へ埋もれるように続いている。表面には細い線が走り、その途中には遠目にも分かるいくつかの刻みがあった。
最後尾の兵が崩落箇所を抜けてきたところで、隊長が振り返った。
「一人、向こうに残す」
兵の一人を呼び、先ほど抜けてきた隙間を示す。
「坑道側で待機しろ。ここが崩れても、勝手に掘り返そうとするな。入口まで戻って知らせろ」
「はっ」
兵は再び崩落箇所を抜け、灯りの残る坑道側へ戻っていった。
それを見届けてから、隊長は空洞の奥へ向き直る。
ダレンも短く頷き、左右に開いた穴へ目を向けた。
「壁を調べてもらっている間に、俺たちは周囲の壁穴を見て回りましょう」
隊長も空洞の左右へ視線を巡らせる。
「それでいこう」
残った兵へ向き直った。
「お前はヴェルナ様についてくれ」
「はっ」
兵がヴェルナの方へ移動したところで、ダレンはリントを見る。
「リント、ヴェルナ様を任せるぞ」
「はい」
リントはヴェルナのすぐ後ろへ位置を戻した。
「ヴェルナ様。俺たちは周囲を見てきます。何かあれば、調査を止めてすぐ呼んでください」
「分かりました。こちらも、まずは見られる範囲から始めます」
ダレンは隊長、監督とともに近い穴へ向かった。
ヴェルナも刻まれた模様のある壁面へ歩き出す。
ヴェルナは革鞄を下ろすと、壁へ触れるより先に兵から携帯灯を借りた。
斜めから当てられた光が、平らな面を滑る。
細い線のところだけで、光がわずかに途切れた。
ヴェルナが顔を近づける。
「……継ぎ目」
その線を目で追っていく。一つではない。
いくつかの面が組み合わさっているようにも見える。
その途中に残された刻印へ視線を移すと、ヴェルナは革鞄を開き、記録用の紙と筆記具を取り出した。
「リントさん」
呼ばれて、リントは暗い壁穴からヴェルナへ視線を戻した。
「少しだけ、灯りをお願いできますか?」
差し出された携帯灯を受け取る。
「この継ぎ目に沿って、ゆっくり下へ」
言われた通りに光を動かすと、ヴェルナもその先を追って身体を屈めた。
銀髪が肩から前へ流れる。
「……ここで止めてください」
リントが灯りを止める。
ヴェルナは照らされた場所へ顔を寄せ、継ぎ目を確かめていく。
リントは灯りをその位置に保ったまま、再び暗い壁穴へ視線を戻した。
ヴェルナの指先が、壁へ触れる寸前で止まる。
「まずは……材質から」
小さく呟き、鞄から調査道具を取り出す。
周囲の岩肌と、平らに整えられた部分を見比べる。
指先で触れる前に表面を観察し、露出している端から継ぎ目までをゆっくりと目で追っていった。
「同じ岩を削った……という感じではなさそうですね」
リントが壁へ目を向ける。
「違うんですか?」
「まだ分かりません。ただ、こちらは表面の荒れ方が違います」
ヴェルナはそれ以上口にせず、手元の紙へ短く書き留めた。
次に目を向けたのは、壁面を走る細い継ぎ目だった。
見えている範囲を紙へ写し取り、その位置を書き加えていく。
一つ。
その隣に、もう一つ。
線は途中で岩に隠れながらも、いくつかの面を区切るように続いている。
リントは携帯灯を持ったまま、ヴェルナの手元と周囲の暗がりへ交互に目を向けていた。
少し離れた壁穴では、ダレンたちが持つ灯りが岩肌を淡く照らしている。
その光が、ゆっくりと奥へ引いていった。
壁穴の縁に残っていた明かりが細くなり、岩肌を這っていた揺らぎも次第に小さくなっていく。
最後に残った光が一度だけ揺れ――消えた。
その壁穴を見つめるリントの隣では、紙を擦る筆の音が続いていた。
ヴェルナは壁面へ顔を寄せたまま、刻まれた文字のようなものを一つずつ紙へ写している。
やがて、その筆が止まる。
「……あれ?」
ヴェルナがさらに顔を近づけた。
いくつか並んだ刻みの一つを確かめ、その形を紙へ写す。
続けて、すぐ隣へ別の図形を書き加えた。
二つを見比べる時間が、少し長い。
「……似てる」
リントが一度だけそちらを見る。
ヴェルナはもう別の刻みへ目を移していた。
「……術式記号に、少し……」
小さく漏らしたきり、また筆が動き始める。
一つを書き写し、その隣へ視線を移す。
そこで、手がもう一度止まった。
同じではない。
けれど、先ほどと似た形がそこにも残っている。
紙の端へ小さく印をつけると、さらにその先へ目を移した。
***
壁穴の中は、外から見た印象より広かった。
隊長の横へダレンが並んでもまだ余裕があり、頭上にも携帯灯を掲げられるだけの高さがある。足元の石を避けながら進んでいるうちに、背後にあった空洞の明かりは見えなくなった。
「ここは人が掘った穴だと思うか?」
監督は歩みを緩め、携帯灯を壁から頭上へ動かした。
「少なくとも、この鉱山で掘ったものではありません。この辺りに坑道を延ばした記録もありませんし、私がここを任される前の採掘についても一通り聞いています」
さらに少し先まで光を向けた。
「それに、この広さなら普通は木組みを入れます。灯りを置く場所もありません」
ダレンはそれだけ確かめると、先へ視線を戻した。
通路は緩く曲がりながら、まだ奥へ続いている。
「思ったより深いな」
隊長も足を止めず、そのまま先へ進む。
ほどなく右へ曲がった先で、隊長の背中が止まった。
「……ダレン」
隣まで進むと、携帯灯の先で通路がさらに広がり、その岩壁に何本もの深い傷が走っていた。
ダレンは灯りを持ち上げながら、一番近い傷を目で追った。
筋は壁の中ほどから斜め上へ伸び、頭上近くまで続いている。少し離れた場所にも似た傷があり、どれも同じ高さに残っているわけではない。
「……爪だな」
隊長が壁を見上げる。
「魔物か?」
「たぶん」
ダレンは傷の始まりから、その先へゆっくり光を動かした。
低い位置に残ったものもあれば、人の手では届かない高さを横切っているものもある。地面を歩きながら壁へ触れただけでは、こうはならない。
「壁も使って移動してるな」
隊長の視線が傷を追って暗い通路の奥へ向く。ダレンも周囲へ灯りを巡らせると、同じような傷は壁の低い位置から頭上近くまで、場所を変えながらいくつも残っていた。
「少なくとも、ここを通り道にしてるやつがいる」
「この奥にか?」
「そこまでは分からない。ただ――」
ダレンが通ってきた方へ目を向ける。あの空洞には、同じような穴がいくつも開いていた。
「これ以上、三人だけで奥へ行くのはやめた方がいい」
隊長もすぐに頷いた。
「戻るか」
「ああ。一度ヴェルナ様たちと合流しよう」
監督を間に入れ、三人は来た道を引き返した。
空洞へ戻ると、壁面の前ではまだヴェルナが紙へ何かを書き込んでいた。リントはその傍らで携帯灯を持ちながら引き返してくるダレンたちを見ていた。
「何かありましたか?」
ダレンは足を止めず言葉を返す。
「壁の奥で、魔物の爪らしい跡を見つけた。低いところだけじゃなく、かなり上まで残ってる」
そこでようやく、ヴェルナの筆が止まった。
「高いところまで……」
視線が壁穴へ向く。
「壁面を使って移動する魔物なら、サブテラーの可能性がありますね。地下や岩場に適応した魔物です。ただ、爪痕だけでは断定できません」
「俺も、その可能性はあると思います」
ダレンが答えると、隊長も空洞の周囲へ目を向けた。
「今日の調査はここまでにしましょう。今の人数で、正体の分からない魔物がいる場所を調べ続けるのは危険です」
ヴェルナは壁面を振り返った。
まだ写し取れていない刻みも、確認できていない継ぎ目も残っている。
視線がしばらくその場に留まったあと、手元の紙を揃えた。
「……分かりました。今日はここまでにします」
筆記具を革鞄へ戻し、広げていた紙も重ねて収めていく。
リントは携帯灯を兵へ返した。
革鞄を閉じたヴェルナが、もう一度だけ壁面を振り返る。
その視線の先には、まだ写し取られていない刻みが残っていた。
「行きましょう」
「はい」
リントは崩落箇所までの空洞へ目を向けた。
来た時よりも足を速めて、崩落箇所へ向かう。
半ばほどまで戻ったところで、後ろからダレンの声が飛んだ。
「止まれ」
ダレンの声に足を止めると、左手の岩陰で何かが動いた。
隊長が剣へ手をかけるのとほぼ同時に、黒い影が岩肌を這い上がる。
「魔物だ!」
監督が身を低くする。
ヴェルナの前へ兵が出たのと、リントがそのすぐ横へ寄ったのはほとんど同時だった。
魔物は太い腕の先の爪で壁を掻き、そのまま隊長へ飛びかかった。
隊長は半身になり、剣で爪の軌道を外へ逸らす。
衝撃に靴底が岩肌を滑った。
それでも踏み直し、正面から退かない。
「回り込め!」
兵がすぐに動いた。
魔物が隊長から離れようと身体を捻ったところへ踏み込み、横から剣を振り抜く。
刃が脇腹へ入った。
魔物の身体が大きく傾く。
低く沈んだ体勢のまま、今度は兵へ太い腕が振られた。
兵が一歩退いた隙へダレンが入り、爪が戻るより早く懐へ踏み込んだ。
振り下ろした斧が肩口へ深く沈み、魔物の身体が岩肌へ崩れる。なお地面を掻いた腕へもう一撃を叩き込み、動きが止まるとすぐに周囲へ視線を走らせた。
「まだいるかもしれない。止まるな、戻るぞ」
兵がすぐにヴェルナの傍へ戻る。
リントも剣へかけていた手を離さず、その後ろへ位置を戻した。
「大丈夫ですか?」
「はい」
返事を聞くと、リントはすぐ周囲の暗がりへ視線を戻した。
一行は再び崩落箇所へ向かう。
入ってきた隙間の灯りは、先ほどより近くなっていた。
隊長が前方を確かめながら進み、監督がその後を追う。ヴェルナの傍らでは兵が壁際へ目を配り、リントも少し距離を空けたまま周囲の暗がりを見ていた。
岩を掻く音が響き、リントと兵がほとんど同時に右へ目を向けた。
「ヴェルナ様、こちらへ!」
兵はすぐに前へ出て、ヴェルナを背中へ隠した。
携帯灯の先では、岩壁の中ほどにもう一体のサブテラーが張りついている。
壁を蹴ったのを見て兵も正面へ踏み込んだが、魔物はそのまま向かってこなかった。
手前の岩壁へ爪を突き立て、それを支点に巨体を横へ振る。
兵の剣が空を切る。
すぐに身体を返したが、サブテラーはその外側を抜け、手前の岩壁へ爪を突き立てた。そのまま巨体を振るように軌道を変える。
リントの視線がその先を追った。
自分ではない。
レイピアを抜いたヴェルナがいる。
そう認識した時には、もう地面を蹴っていた。
足元の石が後ろへ弾け、数歩あった距離が一息で消える。小盾を前へ押し出したままサブテラーへ肩からぶつかると、左腕から肩へ鈍い衝撃が突き抜けた。
巨体はほとんど揺らがない。
それでも足を止めず、さらに踏み込む。押し合うように身体をぶつけたまま横へ押し切ると、ようやくサブテラーの足が流れ、その背が岩壁へ叩きつけられた。
リントも反動に足を取られ、片手を地面につく。
「リントさん!」
顔を上げると、ヴェルナがこちらへ踏み出していた。
「ヴェルナ様、下がってください!」
左肩の痺れを確かめる間もなく立ち上がる。
サブテラーはすでに壁へ爪を立てていた。岩肌を蹴り、地面へ降りることなく横へ駆けていく。
リントは痺れの残る左腕を持ち上げる。
「――アークボルト!」
青白い電光が走った。
サブテラーの身体が大きく強張り、岩を掴んでいた爪が外れる。地面へ落ちたところへ踏み込み、振り下ろした剣が肩口を裂いた。
だが、刃は浅い。
起き上がる勢いのまま太い腕が横薙ぎに振るわれ、小盾を差し込む。痛めた左肩へ再び衝撃が突き抜け、靴底が岩肌を滑った。
押し戻されたところへ、もう一方の爪が迫る。
盾を戻して受けたものの、その勢いまでは殺しきれず、さらに身体を押し込まれた。
そこへ横から剣が叩き込まれた。
振り下ろされかけた爪が外へ逸れ、リントはその隙に一歩下がる。
ヴェルナについていた兵だった。
その兵の向こうに、レイピアを握り直すヴェルナが見えた。
止まっていた足が、こちらへ出る。
「下がって!!」
リントの声が空洞へ響いた。
ヴェルナの肩がびくりと揺れ、踏み出しかけた足が止まる。
その瞬間、リントの右目の脇で黄白い電光が弾けた。
バチッ、と一度。
続けて細かな雷がこめかみの辺りで弾け、すぐに消える。
「……リントさん?」
リントは振り返らなかった。
兵がその腕を外へ逸らしたところへ、ダレンと隊長が追いついた。
「リント、ここは任せろ!」
ダレンが前へ入る。
リントの剣先がわずかに下がった。
その向こうで、サブテラーの爪が岩壁へ食い込む。
下がりかけた剣先が止まる。
岩を掻きながら巨体が身を沈めた。
右足が前へ出た。
「リント、戻れ!」
岩壁へ食い込んだ爪が動く。
肩が沈む。
次に跳ぶための姿勢。
視線が、その動きを追い続ける。
「リントさん!」
すぐ後ろから名前を呼ばれた。
振り返った瞬間、斧と爪がぶつかる硬い音が耳へ飛び込んできた。
隊長の声が空洞へ響き、岩を蹴る兵の足音、その向こうではサブテラーの低い唸りが重なっている。
そして目の前には、レイピアを握ったままこちらを見るヴェルナがいた。
「リント! 二人を連れて先に出ろ!」
背後からダレンの声が飛ぶ。
「ヴェルナ様、行きましょう!」
リントはヴェルナと監督を促し、そのまま崩落箇所へ向かった。
後ろでは金属のぶつかる音に、岩を激しく掻く音が重なっている。
固定された灯りの並ぶ坑道へ戻った途端、待機していた兵が駆け寄ってきた。
「隊長たちは!?」
「まだ中です!」
「分かりました。皆さんはそのまま外へ! 俺は中に入ります!」
兵はそれだけ告げると、三人と入れ替わるように崩落の隙間へ身体を滑り込ませた。
リントたちは足を止めず、来た坑道を引き返す。
背後から響いていた戦闘音も、岩壁をいくつも挟むうちに遠ざかっていった。
やがて前方に外の明かりが見え、入口で待機していた兵たちがこちらへ気づく。
一人がすぐに駆け寄ってきた。
「何かありましたか!?」
「魔物です。隊長たちはまだ中で戦っています」
兵は坑道の奥を見た。
「俺が行く。ここを頼む!」
もう一人の兵へ声を飛ばし、そのまま中へ駆け込んでいく。
副監督も監督の姿を見るなり近づいてきた。
「監督! 大丈夫ですか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。それより――」
監督が振り返る。
「まずヴェルナ様を外へ」
残った兵がすぐに道を空けた。
リントはヴェルナの傍へついたまま、そのまま鉱山の出口へ向かった。
外へ出ると、坑道の中とは違う明るさに目を細める。
副監督が監督のもとへ寄り、何があったのかを聞いている。
しばらくして、暗い坑道の中から足音が聞こえてきた。
最初に姿を見せたのは、応援に入った兵だった。
その後ろから隊長、ダレン、残っていた兵たちも続いてくる。
リントは一人ずつ外へ出てくる姿を目で追った。
最後の一人が坑道を抜けたところで、ようやく息を吐く。
「二体目も仕留めた」
ダレンが斧を下ろしながら告げた。
隊長たちにも目立った怪我はなく、戻ってきた兵同士で簡単に身体を確かめ合っている。リントも左肩を見てもらったが、強く打った跡が残っているだけで、腕を動かすことに支障はなかった。
それからしばらく、隊長と監督を中心に鉱山の中で起きたことを確認していった。
ヴェルナも写し取った記録を手元に置いたまま、自分が確認できた範囲を伝えていく。
一通り話がまとまった頃には、戻ってきた兵たちの声も少しずつ普段のものへ戻り始めていた。副監督も監督の無事を確認してからは、ようやく肩の力を抜いている。
リントは戻ってきたダレンたちの姿を改めて確かめてから、隣にいたヴェルナへ向き直った。
「ヴェルナ様」
「はい?」
「……さっきは、大きな声を出してすみませんでした」
ヴェルナは少し目を見開いた。
けれど、すぐに首を横へ振る。
「それは気にしていません」
それから周囲へ目を向けた。
「皆さん無事でしたし……本当によかったです」
「そうですね」
リントも同じ方へ視線を向ける。
しばらくして、ヴェルナが小さく口を開いた。
「ただ……」
リントが振り返る。
ヴェルナは何かを確かめるように、その顔を見ていた。
「今日のリントさん、少しだけ……いつもと違いました」
リントは一度、視線を落とした。
「……すみませんでした」
ヴェルナはそれ以上何も言わなかった。
ただ、返事の代わりにリントをしばらく見つめていた。
***
鉱山を離れる前に、隊長たちともそこで別れることになった。
「本日はありがとうございました」
ヴェルナが頭を下げると、隊長も姿勢を正した。
「こちらこそ。大きな怪我もなく戻れて何よりです」
一度周囲を見てから、表情を少し改める。
「今日は十分に調べられなかったと思いますが、確認できた範囲で構いません。後日、こちらにも報告をお願いします」
「分かりました。整理でき次第、お送りします」
その傍らで、リントも先ほどまで一緒に戦っていた兵たちへ短く礼を伝えた。
ヴェルナについていた兵は軽く笑うと、すれ違いざまにリントの肩をぽんと叩いた。
リントもそれに笑みを返し、兵たちを見送った。
隊長たちはこのまま鉱山に残り、周囲の警戒と今後の対応を進めることになる。
それぞれに別れを告げると、リントたちはシルヴァハイムへの帰路についた。
***
特別室の扉を開け、ダレンが先に廊下へ出た。
その後ろからリントとヴェルナも続く。窓の外にはまだ夕暮れの明るさが残っていたが、朝ここを出た時より、ギルドを行き交う人の姿はずいぶん少なくなっている。
扉の前で立ち止まったダレンが、肩に掛けていた装備の位置を直した。
ヴェルナが今日の礼を伝えると、ダレンも頭を下げた。
ダレンが今度はリントを見る。
「ダレンさんたちのおかげです。安心してついていけました」
ダレンも短く応じ、二人は握手を交わした。
「また縁があったら、その時はよろしく頼む」
「はい。こちらこそお願いします」
手を離すと、ダレンは二人に別れを告げ、そのまま受付の前を抜けていった。
リントは扉が閉じるまで見送ってから、ヴェルナへ向き直った。
「じゃあ、俺もここで」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
軽く頭を下げ、リントも入口へ向かって歩き出す。
数歩進んだところで、背中に声が届いた。
「リントさん」
振り返ると、ヴェルナはまだ特別室の前に立っていた。
鉱山で「いつもと違った」と言った時と同じように、青い瞳がこちらを見ている。
「このあと、お時間ありますか?」
「はい。今日はもう予定ないですけど」
答えながら、リントはわずかに顔を背けた。
鉱山で言われた言葉が、まだ頭の隅に残っている。
ヴェルナもすぐには続けなかった。
受付から聞こえる話し声や、扉の開く音が、しばらく二人の間を通り過ぎていく。
やがてリントが視線を戻す。
ヴェルナはまだ、こちらを見ていた。
「……少し、お話ししたいことがあります」




