第1話「始まりは、いつもの依頼から」
子どもの頃、ずっと欲しかったものを買ってもらった日のこと。
包みを抱え、家に帰ったら何をしようかと考えていた。早く開けてみたい気持ちを抑えながら、帰りに何軒か店を見て回る。そのうちの一軒で、別の品物を手に取ろうと、包みをそばに置いた。
忘れたことに気づいたのは、次の店を出てからだった。
慌てて引き返し、立ち寄った店を一軒ずつ確かめていく。店の人に尋ね、品物の陰や棚の下まで探し回った。そこにはなかったと分かっていても、見落としているかもしれないと思うと、もう一度確かめずにはいられなかった。
誰かが預かってくれているかもしれない。もう見つからないかもしれない。そんなことばかりが頭を巡り、家に帰ってからの楽しみなど、すっかり忘れていた。
ようやく見つかったときには、嬉しさよりも先にほっとした。残りの帰り道は、もう失くさないように包みを抱えて歩いた。
ほんの少し前まで、自分のものではなかった。
それなのに、一度手に入れただけで、失いたくないものになっていた。
昨日まで名前も知らなかった誰かと言葉を交わし、一緒に食事をして、また会う約束をする。そんな時間を重ねるうちに、まだ来ていない明日の中にも、その人の居場所ができていく。
その明日が、必ず来るとは限らないのに。
――一人でも、生きていける。
少なくとも、リント・グレイブはそうして生きてきた。
***
第一章 誰かがいるということ
朝の冒険者ギルドには、すでに十人ほどの冒険者が集まっていた。
壁一面に並ぶ依頼書を眺める者。仲間同士で今日の仕事を相談する者。受付を済ませ、そのまま外へ向かう者。
そんな中、ひときわ楽しげな男の声が受付から聞こえてくる。
「なあ、ミレイユ。今日こそ飯くらい付き合ってくれよ。もう何回誘ったと思ってんだ?」
「あら。数えてたの?」
カウンターの向こうでは、ミレイユが気だるそうに頬杖をついていた。
艶のある赤茶色の髪が肩から流れ、眠たげな瞳の上では長いまつげがゆっくりと瞬く。何度同じことを言われても慣れたもので、困った様子すらない。
「そうねぇ。じゃあ、今日の依頼をちゃんと終わらせて帰ってきたら、その時もう一回聞いてあげる。怪我して運び込まれてきたらなしだからね」
「それ、帰ってきたら脈ありってことだよな?」
「どう聞いたらそうなるのよ」
周囲から笑い声が上がった。
男はそれすら都合よく受け取ったらしく、機嫌よく手を振って出口へ向かう。
「よーし、じゃあ行ってくる! 今日の晩飯は期待して待っててくれよ!」
「はいはい。気をつけてね」
近くにいた冒険者から「また乗せられてるぞ」と声が飛び、男が何か言い返しながら扉の向こうへ消えていく。
ミレイユは頬杖をついたまま、その背中を見送っていた。
扉が閉まる直前、男の腰の剣と背負った荷物へ、視線を滑らせる。
それから何事もなかったように、手元の書類へ戻った。
「おはようございます、ミレイユさん。朝から楽しそうですね」
聞き慣れた声に顔を上げる。
カウンターの前には、リント・グレイブが立っていた。
「おはよう、リントくん。聞いてたの? 妬いちゃった?」
「聞こえてましたよ。あの人、外まで声届くんじゃないですか」
リントは閉まったばかりの扉を見てから、小さく笑った。
「あら。そこだけ? 私がご飯に行くかは気にならない?」
「飯の話ですか? そこは俺が口を挟むところじゃないでしょう」
からかう隙を探すようにミレイユが目を細めたが、リントはその前に依頼掲示板へ向かった。
「ほんと、かわいくないわねぇ」
背中へ投げられた言葉に、リントは振り返らなかった。
「ミレイユさんが、誰にでもそうやってからかうからですよ」
返事だけは返ってくる。
「だって、からかうと乗ってくれるんだもの。リントくんはすぐ逃げちゃうし」
そう言って笑いながら頬杖を解いた。
リントは掲示板に並んだ依頼書を上から眺め、いくつか読み流してから一枚を抜き取った。
「今日はそれ?」
「東の森林地帯で薬草採取です。ここ何日か休んでたんで、今日は楽なやつにしようかなって」
依頼書を受け取ったミレイユは、内容へ目を通した。
「そうね。で、リントくんは休んでた間、何してたの?」
「え? 特には。道具の手入れして、洗濯して、あとは……なにしてたんだろ」
「……ほんとに何もしてないのねぇ」
ミレイユは依頼書へ目を落としたまま口を開いた。
「じゃあ、考える時間くらいはあったわよね。この前話したパーティーのこと。ずっと一人でやるより、気の合う相手を探しておいた方がいいんじゃないかって」
「ああ……考えましたよ。でも、今のところはこれで困ってないんですよね。誰かと組むなら、人数を揃えるためだけに適当に決めるのも違うと思いますし。必要になった時に、一緒にやれそうな人がいたら考えます」
ミレイユは顔を上げた。
「まあ、そこまで考えてるなら無理にとは言わないけど」
「心配してくれてるのは分かってますよ。でも、今はまだこれでいいかなって」
ミレイユは呆れたようにため息をついた。
そのまま手続きを始めるかと思ったが、カウンターの下へ手を伸ばす。
取り出したのは、小さな瓶だった。
「はい。これも持っていって」
リントは受け取る前に瓶を見る。
「治療薬ですか?」
「楽な依頼だからって、何も起きないとは限らないでしょう?」
「採取で使うことはないと思いますけど……ありがとうございます。せっかくなんで、お守り代わりにもらっておきますね」
「それでいいの。できれば使わずに済ませてね」
まだ少し温かい瓶を、腰のポーチへしまった。
ミレイユは依頼書へ必要な記入を済ませ、リントへ返した。
彼がそれをしまう間にも、視線は腰の剣、小型盾、ポーチへと順に移っている。
「じゃあ、行ってきます」
依頼書をしまい終え、リントがカウンターから離れる。
「リントくん」
背を向ける前に呼び止められた。
振り返る。
ミレイユはもう頬杖をついていなかった。
「楽な依頼だからって油断しないこと。何か変だと思ったら、調べようとしないで帰ってきなさい。今日の仕事は薬草を採ってくることなんだから、それができれば十分よ」
「分かりました。ちゃんと帰ってきます」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってきます」
リントはギルドの扉を押し開けた。
朝の光が差し込み、すぐに扉が閉じる。
扉が閉まるまで見届けてから、ミレイユは次の書類へ手を伸ばした。
***
シルヴァハイムを出て東へ向かう街道をしばらく歩くと、やがて道の先に森林地帯が見えてきた。
街道を外れ、木々の間へ続く細い道に入る。
頭上では枝葉が重なり、隙間から落ちた陽の光が湿った地面をまだらに照らしていた。街道の音も、少し進めばほとんど聞こえなくなる。
リントは腰の籠を片手で押さえながら、道沿いの草へ目を配っていく。
「この辺は……もう採られてるか」
足元に残った切り口を確かめる。まだ新しい。
リントはそのまま奥へ進んだ。
しばらくして、木陰にまとまって生えている目当ての葉を見つける。
すぐには近づかず、一度だけ周囲を見る。
近くの茂み。その奥の木々。頭上に重なる枝。
風に揺れる葉の音以外に、変わったものはない。
そこでようやくしゃがみ込み、根元を残して必要な分だけ摘み取った。
思ったより早く戻れそうだった。
立ち上がりかけて――手が止まる。
何かが足りない。
森は静かだった。
少し前まで聞こえていた鳥の声がない。
風は吹いている。葉も揺れているのに、生き物の声だけが消えていた。
リントは摘みかけた薬草を置き、周囲を見渡しながらゆっくり腰を上げる。
木々の間に動くものはない。
背後へ目を向けても、通ってきた細い道が続いているだけだ。
腰の剣へ手を添えたまま、しばらく森の音を待つ。
がさり。
少し離れた茂みが揺れた。
リントの視線が止まる。
もう一度。
今度は先ほどより近い場所で、枝葉が大きく擦れる。
右手を剣の柄へかける。
足元を見ると、湿った土の上に細い枝が折れていた。その脇には、草に半分隠れた大きな足跡が残っている。
剣を抜いた。
「……まずいな。戻るか」
小さくこぼした直後――
茂みが大きく弾けた。
枝葉を押し退け、緑色の巨体が飛び出してくる。
リントは数歩下がる。
太い腕に盛り上がった肩。両手には、武器と呼ぶには粗雑すぎる木の幹が握られていた。
ゴブリン。
これまで見てきたゴブリンより、ひと回りは大きい。
その右肩から胸にかけて、深い傷が走っている。
手負い――。
そこまで見えた時には、ゴブリンが木の幹を頭上へ振り上げていた。
考えるより先に、小型盾を前へ差し込んだ。
次の瞬間、木の幹が盾へ叩きつけられる。
重い衝撃が左腕から肩へ突き抜け、踏ん張った足が湿った土を滑った。身体ごと押し飛ばされ、背中から地面へ倒れ込む。
「っ……!」
息が詰まる。
すぐに起き上がったものの、盾を構えた左腕には痺れが残っていた。
――もう一度、正面から受けるのはまずい。
木の幹を引きずるように持ち直し、こちらへ踏み込んでくる。
リントは立ち止まらず、木々の間を横へ回った。
追うように振るわれた一撃が、すぐ脇の幹へぶつかる。鈍い音とともに樹皮が弾けた。
その間にも、リントの視線はゴブリンの身体から離れない。
力はこれまで相手にしてきた個体とは比べものにならない。
ただ、右肩から胸へ続く傷のせいか、木の幹を引き戻すたびに右腕の動きが遅れている。
リントは足を止め、盾を構えた左腕をゴブリンへ向けた。
「――《アークボルト》」
白い電光が弾ける。
放たれた雷がゴブリンの胸を打ち、巨体が一瞬だけ強張った。
倒れない。
それで十分だった。
リントは身体の内側へ魔力を巡らせる。
脚から腰へ。さらに、剣を握る右腕へ。
次の一歩で、間合いが消えた。
振り上げられたまま止まっている右腕の下へ潜り込み、剣を斜めに振り上げる。
刃が脇腹を裂いた。だが、思ったほど深く入らない。
「……硬いな」
剣を引くより早く、ゴブリンが吠えた。
「グォォオオッ!」
巨体が無理やり身体をひねる。
振り回された木の幹を避けようと身を引いたが、間に合わない。
裂けた先端が左脇腹を引っかけるように抉った。
布が破れ、遅れて焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
数歩よろめく。
手を当てると、すぐに手の内が赤く染まった。
その間にも、ゴブリンは木の幹を持ち直そうとしている。
ここで逃げても追いつかれる。
呼吸を一度だけ整え、剣を構え直す。
ゴブリンが吠えながら踏み込んできた。
木の幹が横薙ぎに振るわれる。
ぎりぎりまで引きつけ、その下へ潜る。
頭上を重い風が抜ける。
すれ違いざまに、傷のある右肩へ剣を走らせた。
ゴブリンの右腕が力なく下がり、木の幹が地面へ転がった。
「グァッ――!」
空いた懐へ、そのまま踏み込む。
剣先を喉元へ突き込み、体重ごと押し込む。
硬い皮膚を抜けた瞬間、手に伝わる感触が変わった。
ゴブリンの巨体が揺れる。
それでも倒れず、残った腕がリントへ伸びた。
リントは柄を握ったまま、さらに一歩踏み込んだ。
刃が深く沈む。
やがて力を失った巨体が膝をつき、そのまま地面へ崩れ落ちた。
しばらく、動かなかった。
リントも剣を抜かない。
ゴブリンの腕が動かないことを確かめてから、ようやく刃を引き抜いた。
そこで初めて、詰めていた息を吐く。
「……っ」
同時に左脇腹が痛んだ。
緊張が切れた途端、さっきよりはっきりと熱を持っている。
リントは剣を下ろし、傷口を押さえた。
指の間から血が溢れ、手のひらを赤く染めていく。
リントは剣を足元へ置き、腰のポーチからミレイユに持たされた治療薬を取り出した。
「……薬草採取だったんだけどなぁ」
思わずこぼしながら栓を抜き、破れた服を持ち上げる。
左脇腹には、木の幹の裂けた先端で抉られた傷が走っていた。治療薬を流し込んだ瞬間、焼けるような痛みが奥まで突き抜け、身体が強張る。
「っ……!」
奥歯を噛みしめて耐えているうちに、出血は少しずつ収まっていった。それでも深く抉られた部分までは塞がらず、傷の奥には脈打つような痛みが残っている。
包帯を取り出し、脇腹へきつく巻きつける。何度か息を詰めながら固定し、最後を留めたところで、ようやく肩の力を抜いた。
帰ったら、たぶんまた何か言われる。
そんなことを考えながら顔を上げると、少し離れたところに倒れたゴブリンが目に入った。
右肩から胸へ走る深い傷は、戦う前からあったものだ。あれだけの傷を負わせた何かが、この近くにいる。
そう思った途端、緩みかけていた意識が戻る。
長居する理由はない。薬草も必要な分は採れている。
リントは剣を拾い、その場を離れようとした。
その時、鼻についた血の臭いに足が止まる。
ゴブリンの周囲だけではない。
周囲を見渡すと、少し離れた茂みの奥で草が何本も倒れ、その先へ黒ずんだ血の跡が続いていた。
茂みの向こうに、大きな影が横たわっている。
剣を手にしたまま、リントはゆっくりと近づいた。
「……ウルフか」
地面に倒れていたのは、大きなウルフだった。
すでに息はなく、身体には深い傷がいくつも残っている。その周囲の土には血が広がり、草も大きく踏み荒らされていた。
リントは少し距離を置いたまま死体を見回し、それから先ほど倒したゴブリンへ視線を戻した。
ここで争ったのかもしれない。
リントはもう一度、木々の奥へ目を向けた。
森には、まだ鳥の声が戻っていなかった。
しばらく木々の奥をうかがったが、ほかに何かが動く気配はない。
リントはゴブリンとウルフから討伐証になる部位を切り取り、血を払って袋へしまう。
立ち上がったところで、左脇腹がずきりと疼いた。
治療薬で出血は抑えられているものの、傷の奥にはまだ熱を持った痛みが残っている。歩けないほどではない。それでも来た時と同じ速さで戻るのは無理そうだった。
薬草の入った籠を確かめ、リントは森を振り返る。
結局、鳥の声を聞くことはないまま、その場をあとにした。
***
シルヴァハイムへ戻る頃には、陽が傾き始めていた。
歩くたびに脇腹へ鈍い痛みが響き、途中からは無意識に左側を庇うようになっていた。包帯にも血が滲んでいるが、森を出たあとは幸い何事もなく、どうにか自分の足で戻ってくることはできた。
ギルドの扉を開ける。
朝より人の増えたホールから、いくつもの話し声が重なって聞こえてきた。
その向こうで、ミレイユが書類へ目を落としていた。
「ミレイユさん、戻りました」
できるだけ普段通りに声をかける。
ミレイユが顔を上げた。
「おかえり、リントくん。ちゃんと――」
眠たげだった目が、リントの歩き方から左脇腹へ移った。
服の裂け目から覗く包帯には、赤黒い血が滲んでいる。
ミレイユの手が、書類から離れた。
「……リントくん。それ、どうしたの?」
「ちょっと予定外がありまして。でも、治療薬はちゃんと使いましたよ」
カウンターを回り込み、リントの前まで来ると、傷に触れないよう裂けた服と包帯を確かめる。
「これで『ちょっと』なの?」
「いや、まあ……思ってたよりは深かったみたいですけど」
「治療室」
「報告は――」
「あと」
声を荒らげたわけではない。けれど、その一言には口を挟ませない強さがあった。
「……はい」
そのままギルド奥の治療室へ連れていかれ、リントは簡素な寝台へ腰を下ろした。
ミレイユはすぐに脇腹の包帯へ手をかける。
「外すね。痛かったら言って」
「それくらいなら大丈夫ですよ」
「そういうのは、外してから決めるの」
乾きかけた血が傷口に張りついている。包帯が剥がれるたびに痛みが走り、リントは何度か息を詰めた。
最後まで外したところで、ミレイユの手が止まる。
治療薬のおかげで出血はかなり抑えられている。それでも、木の幹に抉られた傷はまだ深く残っていた。
「……これでよく『ちょっと予定外』なんて言えたわね」
「歩いて帰ってこられましたし、治療薬も効いてましたから。大丈夫かなって」
ミレイユが顔を上げる。
「リントくん。歩けるのと大丈夫なのは、同じじゃないのよ」
言われて、リントは少しだけ言葉に詰まった。
「……覚えておきます」
ミレイユは傷へ右手をかざした。
淡い光が掌から広がり、傷口の周囲を柔らかく包んでいく。焼けるように残っていた痛みが、少しずつ遠のいていった。
「それで?」
治療を続けたまま、ミレイユが訊く。
「薬草を採りに行って、どうしたらこんなことになるの?」
「森の奥でゴブリンに襲われました。今まで見たのよりひと回りくらい大きくて、力もかなり強かったです。最初から右肩から胸にかけて深い傷があったんですけど、それでもこの有様で」
リントは治療されている脇腹へ目を落とした。
「近くにはウルフの死体もありました。たぶんゴブリンと争ったんだと思います。ただ……森を出るまで鳥の声が戻らなかったのが、少し気になってます」
ミレイユは返事をせず、傷口にかざしていた手をわずかにずらした。
「……ここ、まだ痛む?」
「え? ああ、はい。でも大丈夫です」
「大丈夫じゃなくて。さっきより痛い?」
「いや、だいぶ楽になってますよ」
「そう」
ミレイユは小さく息を吐き、ようやく傷口からリントへ目を戻した。
「……それで、ウルフが死んでたのね?」
「はい。気にはなったんですけど、薬草も採った後だったんで、討伐証だけ取って戻ってきました」
「うん。それでいいわ。そこから調べなかったのは正解。そういう時は何があったのか確かめるより、自分が帰ってくる方を選んでね。報告さえしてくれれば、その先はギルドで考えられるから」
「分かってますよ。ちゃんと帰ってきましたからね
リントはそう言って、ほんの少し胸を張った。
「こんな怪我しておいて?」
「そこは、その……予定外で」
「もうその言い方は禁止」
言いながらも、ミレイユの声には少しだけいつもの調子が戻っていた。
治療の光がゆっくりと収まり、傷口から手を離す。
「全部は塞がってないから、今日は絶対に安静。明日も仕事はなし、数日は無理しちゃだめよ。わかった?」
「明日もですか?」
「リントくん?」
ミレイユは新しい包帯を傷へ巻きながら、眠たげな目でじっとリントを見ていた。
「……分かりました。休みます」
「うん。よろしい」
治療を終えて受付へ戻ると、リントは採ってきた薬草と二つの討伐証をカウンターへ並べた。
ミレイユは薬草の量を確かめたあと、二つの討伐証を順に見比べる。
「こっちがゴブリンで、こっちはさっき言ってたウルフね。……森の件はちゃんと報告を上げておくわ」
「お願いします。そのウルフの討伐証が報酬になるかだけはちょっと気になりますけど」
リントの目が、カウンターの討伐証へちらりと戻る。
「怪我して帰ってきた直後なのに、そういうところはしっかりしてるのねぇ。まあ、確認はしてあげる」
ミレイユは依頼の報酬をカウンターへ置いた。
リントが手を伸ばしかけた、その時だった。
「……すみません」
背後から聞き慣れない声がして、リントは振り返った。
そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。
腰まで流れる銀色の髪に、澄んだ青い瞳。華奢な身体を包む衣服は、この辺りではあまり見かけないほど仕立てがよく、白い指には紋章の刻まれた指輪がひとつ嵌められている。
荒っぽい冒険者たちが行き交うギルドの中では、それだけで目を引いた。
女性は声をかけたものの、すぐには続けなかった。
指先を重ねたまま一度だけ迷うように視線を伏せ、それから改めてリントを見る。
「……少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」




