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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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73/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 73

私は、ただ、その場に突っ立っていた…


 その場に突っ立ったままだった…


 感情もなにもなかった…


 すぐには、なにが、起こったのかも、わからなかった…


 それほど、パニックだった…


 身長、159㎝で、六頭身のカラダが、身動き一つできなかった…


 まるで、等身大の人形だった…


 そんな私に、歩み寄る者が、いた…


 マリアだった…


 バニラの娘のマリアだった…


 「…矢田ちゃん…大丈夫?…」


 と、マリアが聞いた…


 と、


 その言葉で、私は、覚醒した…


 目が覚めた…


 意識が、しっかりと、戻った…


 「…全然、大丈夫じゃないさ…」


 私は、大声を出した…


 「…危なかったさ…」


 私は、言った…


 不覚にも、涙がこぼれた…


 私の細い目から、不覚にも、大粒の涙が、こぼれ落ちたのだ…


 「…怖かったのさ…」


 私は、言った…


 言いながらも、大粒の涙が、次々とこぼれ落ちた…


 すると、


 「…矢田ちゃん…コレ…」


 と、マリアが、私に、なにかを差し出した…


 私は、それを見た…


 キットカットだった…


 私の好物だった…


 「…コレ、あげる…」


 「…なんだと?…」


 私は、思わず、言った…


 そして、


 「…いいのか?…」


 と、マリアに聞いた…


 「…これは、マリアのだろ?…」


 「…矢田ちゃんに、あげる…」


 「…私に?…」


 「…そう…だから、泣くのは、止めてね…ここで、泣いているのは、矢田ちゃんだけだから…」


 マリアが言った…


 言ったのだ…


 私は、慌てて、周囲を見た…


 とりわけ、集まった園児たちを見た…


 40人は、いるであろう園児たちを見た…


 が、


 誰一人、泣いていなかった…


 この場で、泣いているのは、私だけだった…


 この矢田トモコだけだった…


 これほどの、騒動があったにも、かかわらず、この場で、泣いたり、喚いたりする園児は、一人も、いなかった…


 それに、気付くと、私は、恥ずかしくなった…


 3歳の保育園児たちが、誰も泣いていないのだ…


 にも、かかわらず、私だけ、泣いている…


 この矢田トモコだけ、泣いている…


 35歳の矢田トモコだけ、泣いている…


 これ以上、恥ずかしいことは、なかった…


 これ以上、みっともないことは、なかった…


 だから、それに気付くと、急に涙が止まった…


 ビックリするほど、あっけなく止まった…


 「…たいしたことないさ…」


 私は、言った…


 「…いつものことさ…」


 「…いつものことって?…」


 マリアが聞いた…


 「…神様が、私にイジワルをするのさ…」


 「…矢田ちゃんにイジワルをするの?…」


 「…そうさ…だから、私だけ、ファラドに襲われそうになったのさ…」


 「…でも、ママは、カッコよく戦ったよ…」


 マリアが言った…


 …そうだった…


 …たしかに、そうだった…


 そう言われれば、反論できん…


 なぜ、私だけ、神様にイジワルをされたのか、説明ができんかった…


 これは、困った…


 実に、困った…


 私が、マリアにどう言おうか、迷っていると、


 「…お姉さんは、カラダがちっちゃいから、いいの…」


 と、当のバニラが、言った…


 「…カラダが、ちっちゃいお姉さんが、カラダが大きな男のひとに、襲われたら、怖いでしょ?…」


 バニラが優しく、マリアに言った…


 言い聞かせた…


 マリアもバニラの説明に納得した様子だった…


 「…そうだね…矢田ちゃん、ちっちゃいもの…」


 マリアが言った…


 私は、ここで、マリアが、目の前のリンダに化けたバニラのことを、ママと、呼ばないことに、気付いた…


 やはり、このマリアは子供ながら、優れている…


 あらためて、その事実に、気付いた…


 そして、その事実に、気付くと、私も今、恥ずかしくて、堪らなくなった…


 なにしろ、3歳の園児たちが、誰も泣いていないのに、私だけ、泣いているのだ…


 考えてみれば、これ以上、恥ずかしいこともなかった…


 私は、急いで、手で、涙を拭った…


 私の太く、短い指で、涙を、拭ったのだ…


 それを見て、


 「…矢田ちゃん…大丈夫…」


 と、マリアが聞いた…


 だから、


 「…もう大丈夫さ…」


 と、私は、元気よく、言った…


 「…全然、大丈夫さ…」


 私が、宣言すると、


 「…よかった…」


 と、マリアが、笑った…


 それから、慌てて、ファラドを見た…


 ファラドは、お菓子のカートを引いてきた、屈強な男たちに、連れてゆかれるところだった…


 そして、急いで、葉問を見た…


 葉問もまた、何事もなかったように、会場を去るところだった…


 私は、その葉問の背中を追って、


 「…一体、どういうことだ?…」


 と、聞きたかった…


 が、


 できんかった…


 いきなり、壇上から、


 「…矢田…恋するフォーチュンクッキーは、どうした? 園児たちが、待ってるゾ…」


 と、あの矢口のお嬢様が、言ったからだ…


 私は、慌てて、園児たちを見た…


 園児たちは、泣きは、しないものの、すっかり、怯えていた…


 すっかり、萎縮していた…


 無理もない…


 大の大人が、殴り合いのケンカをしたのだ…


 怖くて、仕方がなかったのかもしれない…


 だから、怖くて、声も出せなかったのかも、しれない…


 むしろ、40人も園児がいるにも、かかわらず、誰一人、泣かなかったのは、奇跡だった…


 文字通り、奇跡だった…


 私は、怯えた園児たちを見て、どうするか?


 考えた…


 いきなり、恋するフォーチュンクッキーを踊ろうと言っても、できるわけがなかった…


 園児たちは、怯えている…


 恋するフォーチュンクッキーを踊れる精神状態ではなかったのだ…


 すると、マリアが、いきなり、


 「…矢田ちゃん…電車…」


 と、私に声をかけた…


 「…電車だと?…」


 「…そう…矢田ちゃんが、先頭の車両になって、みんなが、矢田ちゃんの後に、一列に続くの…」


 「…なんだと?…」


 「…矢田ちゃん…いつも、おうちで、やってくれるじゃない…」


 …その通りだった(汗)…


 実は、バニラの自宅で、電車ごっこと言って、小柄な私が先頭になり、その後を、マリア…リンダ…バニラの順で、歩く…


 ちょうど、電車のように、縦に並んで、走るのだ…


 マリアは、それが、大好きだった…


 最初は、電車だが、それが、汽車になると、私が、


 「…シュッポ…シュッポ…」


 と、汽笛の真似事をする…


 そして、それが終わると、マリアが、


 「…ムカデ…」


 と、叫び、みんなで、ムカデのように動く…


汽車のときは、キレイに、縦に並んだが、今度は、まるで、尻尾を振るように、曲がって動くのだ…


 マリアは、それが、大好きだった…


 が、


 それは、私とマリア、リンダ、バニラの4人だから、できる…


 それが、40人で、できるのか、謎だった…


 だから、私は、考え込んだ…


 果たして、できるのか、考え込んだ…


 すると、悩む私の背中を押すように、


 「…お姉さん…やりましょう…」


 という声がした…


 私は、声の主を見た…


 ヤンだった…


 ヤン=リンダだった…


 「…でも、大人数では…」


 私が、悩んでいると、


 「…お姉さん…ぜひ…」


 と、言う声がした…


 今度は、バニラだった…


 私は、バニラを見た…


 つい今さっき、バニラが、ファラドと演じた、戦いが、脳裏に浮かんだ…


 すると、急に、怖くなった…


 もし、


 もし、だ…


 この大柄なバニラが、私に、迫ったとする…


 「…お姉さん…やらないの?…」


 と、迫ったとする…


 すると、どうだ?


 この小柄な矢田トモコは、ブルってしまう…


 元々、小心者を絵に描いたような女…


 暴力に弱い…


 弱いのだ…


 私が、ビビッて、そんなことを、考えていると、


 「…やれ…矢田!…」


 と、いう声がした…


 矢口のお嬢様の声だった…


 私と同じ六頭身の小柄なカラダで、なぜか、上から目線で、私に命じた…


 私は、この女が、なぜ、そんな上から目線なのか、さっぱりわからんかった…


 が、


 なぜか、逆らえんかった…


 なぜ、逆らえんのか、自分でも、よくわからんかった…


 自分でも、なぜだか、わからんかった…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…矢田ちゃん…お願い…」


 という声がした…


 マリアだった…


 私は、その顔を見て、やることを決めた…


 実は、ここで、恩を売っておけば、後々、有利だと、気付いたのだ…


 バニラの格闘技のセンスを知った今、もはや、バニラを敵に回すことはできん…


 味方にするのみ…


 恩を売るのみだ…


 だから、ここで、バニラに恩を売ることを決めた…


 決めたのだ…


 「…やってやるさ…」


 私は、言った…


 大声で言った…


 「…それでこそ、お姉さんね…」


 ヤンが、言った…


 ヤン=リンダが言った…


 「…矢田、頼むゾ…」


 矢口のお嬢様が、言った…


 「…わかってるさ…」


 私は、言った…


 「…みんな…並べ…」


 私は、声を上げた…


 すると、次に、


 「…ハイ…みんな、矢田ちゃんの後に並んで…」


 と、マリアが言った…


 すると、なぜか、園児たちが、一斉に、マリアに従った…


 私は、驚いた…


 女王様…


 小さなマリアのカラダに、女王の風格を見たのだ…


 すると、やはり、私と同じように、マリアを見ている目が、あった…


 オスマンだった…


 アラブの至宝と呼ばれるほど、優れた頭脳を持つオスマン殿下だった…


 そのオスマン殿下が、まるで、娘を見るかのように、優しい目で、マリアを見ていることが、わかった…


 …アラブの女神…


 ふと、その言葉が、脳裏に浮かんだ…


 ひょっとしたら、このマリアこそ、将来のアラブの女神かもしれんと思ったのだ…


 マリアが将来、オスマンと結婚すれば、サウジの権力者になれる…


 サウジ、いや、アラブの至宝と言われるほど、優れた頭脳を持つ、オスマンと結婚すれば、サウジアラビアのみならず、アラブ世界で、有数の権力者になれる…


 そう思ったのだ…


 そう思いながらも、私は、電車の先頭になるべく、園児たちの先頭に立った…


 「…しゅっぱーつ…」


 私は、大きな声で、宣言した…


 私が先頭になると、園児たちが、皆、列車のように、縦に並んで、動き出した…


 私は、


 「…次は、汽車だ…みんな声を出せ…」


 と、言って、


 「…シュッポ…シュッポ…」


 と、私が、率先して、声を出した…


 「…みんな声が小さいゾ…もっと、大きな声で…」


 私が、指摘すると、最初は、恥ずかしそうに、


 「…シュッポ…シュッポ…」


 と、小さかった声が、瞬く間に大きくなった…


 「…列車だ…腕を、車輪のように、回すんだ…」


 と、言って、私が、見本を見せた…


 要するに、腕を回して、車輪に見立てたのだ…


 私に付き従った園児たちが、皆、私を真似て、車輪の真似をした…


 そして、そんなことをしながら、この会場をみんなで、回って動いた…


 「…よし…次は、ムカデだ…」


 私は、言った…


 「…ムカデって?…」


 園児たちが、戸惑った…


 すると、


 「…こうするの…」


 と、言って、マリアが、見本を見せた…


 「…ほら…ムカデって、蛇に似たヤツ…こんなふうに、クネクネ動くの…」


 と、言って、見本を見せた…


 「…ねっ!…」


 園児たちは、すぐにマリアの意図を理解した…


 「…わかった?…」


 マリアがみんなに聞く…


 「…うん…わかった…」


 全員が、威勢よく答えた…


 「…じゃ…矢田ちゃん…お願い…」


 「…わかったさ…」


 私は、言って、再び、先頭に立った…


 「…さあ、ムカデだ…」


 私は、大声で、言った…


 「…始めるゾ…」


 「…ハーイ…」


 園児が、元気よく答えた…


 「…よし…」


 私は、言って、再び、園児たちといっしょに、走り出した…


 その姿を、さっきのファラドとバニラのバトル同様、少なからぬ人間たちが、カメラに収めていることに、気付いた…


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