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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アラブの女神編  作者: トモサン


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18/192

35歳のシンデレラ アラブの女神編 18

「…そんなことより、お姉さん…中に入れてくれる?…」


 ヤンが、私に頼んだ…


 ふと、気付けば、私とヤンはずっと、玄関で、話していた…


 いきなり、リンダが、ヤンとして、やって来たから、驚いて、つい、アレコレ、詮索してしまい、すっかり、ヤンを、中に入れることを、忘れていた…


 「…すまん…リンダ…中に入れ…」


 私は、言った…


 すると、


 「…お姉さん…この格好でいるときは、ヤンだって…何度も言わせないで…」


 リンダ…いや、ヤンが、やんわりと、抗議する…


 だから、私は、


 「…すまんかった…」


 と、詫びた…


 頭を下げた…


 なにより、今、リンダは、ヤンの格好をして、この矢田トモコの自宅に現れた…


 当然、なにか、あると、思ったのだ…


 これは、女の勘…


 直観だ…


 とりわけ、この矢田トモコは、この直観が優れている…


 自分で、いうのも、なんだが、この直観に救われたことは、数知れず…


 数知れず、だ…


 昔、読んだサマセット・モームの小説で、同じようなことがあった…


 モームの自伝というか、実質、体験したことを下書きにして、小説化したものだ…


 モームは、第一次世界大戦で、イギリスのスパイだった…


 それは、なぜか?


 それは、モームの職業、つまり、作家という職業が、スパイにうってつけだったからだ…


 モームは、すでに、作家として、有名だった…


 そして、有名作家ならば、たとえ、第一次世界大戦という、戦争中でも、イギリス以外の国に、出かけても、取材のためとか、なんとか、言い訳をして、潜入できるから、便利だと、思われたのだ…


 日本では、以前は、秘密諜報員という邦題で、出版されていた…


 原題は、アシェンデン…


 それが、主人公の名前だった…


 そして、なにが、そのモームの小説と、この矢田トモコが、一致しているかと、いえば、勘だった…


 直観だった…


 モーム=アシェンデンは、ある日、上司から、スイスに行ってもらい、ある人物に会ってもらいたいと、命令を受ける…


 当時も、スイスは、すでに中立国だった…


 第一次世界大戦で、敵対したイギリス、ドイツ、どちらにも、帰属していなかった…


 そこで、アシェンデンは、言われた人物に会った…


 その人物は、イギリスのスパイで、ドイツの情報を、いつも、事細かに、教えてくれていた…


 その情報は、常に正確で、詳細であり、情報とは、こういうものだという見本だった…


 が、


 なぜか、アシェンデンの上司は、その情報に、疑問を抱いた…


 なぜだかは、わからない…


 情報は、いつものように、正確で、文句のつけようもないものだった…


 その人物が、教えてくれる情報の通り、ドイツ軍は、いつも、動いていた…


 が、


 アシェンデンの上司は、なにか、気に入らなかった…


 いや、


 気に入らないのではない…


 引っかかったのだ…


 だから、アシェンデンは、その人物と会った…


 そして、直接、


 「…いつ、ドイツ側に、行くんですか?…」


 と、その人物に聞いた…


 戦争中だから、イギリス、ドイツ、双方の占領地が違う…


 情報を得るためには、敵地に赴いて、情報を得なければ、ならないからだ…


 が、


 その人物は、


 「…いや…今日は…」


 とか、なんとか言って、はぐらかした…


 アシェンデンは、それを見逃さなかった…


 「…ウソを言うな! アンタは、これまで一度も、敵地に行って、情報を取って来たことなど、ないんじゃないか? …すべて、この街で、聞いた噂を、敵地で仕入れた情報と、偽って、送っただけなんじゃないか?…」


 と、喝破した…


 事実、その通りだった…


 相手は、


 「…こんな、チンケな金で、敵地に行って、情報を得る危険は、冒せませんよ…」


 と、白状した…


 すべては、アシェンデンの上司の勘が、その情報源の人物の不審を見抜いていたのだ…


 それが、勘だった…


 そして、それは、この矢田トモコも同じ…


 やはり、目の前のヤンの行動が、引っかかったのだ…


 リンダが、普段は、ヤンの格好をしているのは、いつもと、同じだが、やはり、アラブの王族が、やって来る、このタイミングだ…


 この矢田でなくても、引っかかる…


 私は、ヤンをソファに座らせた…


 そして、


 「…ここに座れ…」


 と、言った…


 「…ハイ…わかりました…」


 ヤンは、私の言う通りにした…


 それから、私も、対面のソファに座った…


 そして、


 「…ヤン…いや、リンダ…私の目を見ろ…」


 と、言った…


 「…お姉さんの目を?…」


 「…そうだ…オマエに、心にやましいことが、なければ、私の目を、まっすぐに見れるはずだ…」


 私は、言った…


 そして、ジッと目の前のヤンを睨んだ…


 凝視した…


 射すくめるように、見たのだ…


 すると、目の前のヤンが、プッと、吹き出した…


 「…な…なんだ? …なにが、おかしい?…」


 私は、慌てた…


 「…だって、お姉さんたら、そんな細い目で、私を見て…」


 「…なんだと?…」


 「…しかも、そんな今まで見たことのない真剣な目で…」


 と、言って、笑った…


 私は、なんと、言っていいか、わからなかった…


 怒っていいのか、笑っていいのか、すら、わからなかった…


 本当は、怒りたいところだが、私の目が細いことを指摘して、笑うなんて、精神的に、余裕がある証拠だ…


 頭には、くるが、そんな余裕があれば、私がこれほど、心配することもないかもしれない…


 私は、思った…


 だから、やはり、怒ることにした…


 そんなに精神的に安定していれば、私の怒りを、受け止められるからだ…


 「…ヤン…いや、リンダ…」


 と、私は、言った…


 「…他人様のカラダの欠点をあげつらうことは、良くないゾ…」


 「…スイマセン…」


 「…それでは、あのバニラといっしょだ…」


 私は、力強く断言した…


 「…あのバカなバニラといっしょだ…」


 私は、不機嫌になった…


 私が目の細いことを、ヤンに言われたからではない…


 あのバニラのことを、思い出したのが、不機嫌だったのだ…


 せっかく、今、バニラがここにいないのにもかかわらず、バニラのことを、思い出したのが、嫌だったのだ…


 あのバニラは美人…


 この目の前のヤン…リンダ・ヘイワースに、匹敵する美人だ…


 以前、パーティーで、青いドレスを着て、私の前に現れたときなど、この世のものとも、思えぬ美しさだった…


 私は、その美貌に絶句した…


 文字通り、美神…


 美の女神だったからだ…


 だが、だ…


 しかし、だ…


 ひとたび、口を開けば、毒舌のオンパレード…


 元々、ヤンキー上がりの美人だ…


 性格が、とことん、ねじ曲がっている…


 それを嫌った私に対して、常に上から目線で、ケンカを売って来た…


 私は、それが、許せんかった…


 性格のねじ曲がった、その根性が許せんかったのだ…


 私が、そんなことを、考えていると、


 「…お姉さん…ホント、バニラのことを、口にすると、顔色が一変するわね…」


 「…どういうことだ?…」


 「…いっつも、お姉さんの心の中は、バニラでいっぱい…」


 「…それは、そうさ…バニラは、いつも、私の悪口をいうから、許せんのさ…当り前さ…」


 「…でも、そんなに顔色を変えることかしら?…」


 「…なんだと?…」


 「…嫌いならば、ただ、無視をすればいい…相手にしなければ、いいだけでしょ?…」


 「…それができれば、いいさ…でも、ダメさ…」


 「…どうして、ダメなの?…」


 「…オマエだって、わかってるだろ? バニラは、お父さんの…葉敬の愛人だ…無視するわけにはいかん…」


 「…それは、そうだけど…」


 「…だから、会わねばならん…だが、その結果、いつもケンカになる…だから、あんなヤツ、いっそ、どこかに、行ってしまえば、いいのに…」


 「…例えば、アラブとか?…」


 目の前のヤンが、予想外のことを、言った…


 「…アラブ? …それは、オマエのことだろ?…」


 私が言うと、ヤン=リンダが笑った…


 実に意味深に笑った…


 …なんだ?…


 …一体?…


 …どういうことだ?…


 私は、思った…


 …まさか?…


 …まさか?…


 私の背中に冷や汗が走った…


 …もしかして?…


 「…もしかして、アラブの王族の狙いは、バニラなのか?…」


 私は、鋭い口調で言った…


 「…答えろ! ヤン…いや、リンダ?…」


 私は、大声を出した…


 が、


 目の前のリンダ…いや、ヤンは、ただ笑っていた…


 「…将を射んと欲すれば先ず馬を射よ…日本のことわざよね…」


 ヤン、いや、リンダが、笑う…


 「…どういう意味だ?…」


 「…例えば、この私と結婚したいと思う…それには、お姉さん、どうすれば、いいと思う?…」


 「…どうすればだと?…」


 私は、私の細い目を、細めながら、目の前のヤンを見た…


 ヤンの意図がわからなかったからだ…


 「…ねえ…お姉さんなら、どうする?…」


 私は、考えた…


 ヤンの質問に、真面目に答えようとしたのだ…


 そして、しばらく考えた後、


 「…仲良くなるさ…」


 と、答えた…


 「…仲良く?…」


 「…そうさ…まずは、オマエと仲良くなるさ…」


 「…それだけ?…」


 「…それだけって?…」


 「…今、お姉さんの言ったことは、中学生や高校生でも考えること…」


 ヤンの言葉に、私は、


 「…」


 と、絶句した…


 言われてみれば、その通り…


 たしかに、その通りかもしれん…


 誰もが、異性に接近するときに、まずは仲良くなることを、考える…


 そうすれば、相手も警戒しないからだ…


 たとえ、同じクラスの生徒でも、口も利いたこともない人間に、いきなり付き合ってくれと言われても、警戒する…


 だから、最初は、仲良くなること…


 要するに、友達になることから、始めようとする…


 が、


 それは、このヤンの言う通り、誰もが、思いつくこと…


 だったら、それ以外は?


 今、ヤンは、


 「…将を射んと欲すれば先ず馬を射よ…」


 と、言った…


 つまり、将=目的の異性を射んと欲すれば先ず馬=身近な人間に狙いを定めよということだ…


 身近な人間…


 たとえば、それは、付き合いたいと、思う、人間の親だったり、兄弟姉妹だったり、友人だったりするのかも…


 私は、思った…


 だから、


 「…ヤン…いや、リンダ…」


 「…わかった? …お姉さん?…」


 「…つまり、オマエを落としたかったならば、オマエの身近な人間…たとえば、オマエの親とか、友人とかにも、接近して、仲良くなるさ…そうすれば、私もオマエの周囲の人間から、認められるから、いざ、リンダと結婚したいと、言い出しても、みんな、賛成してくれるさ…」


 私は、言った…


 すると、


 「…さすが、お姉さん…勘がいい…」


 と、私を褒めた…


 だが、


 ヒントをくれたのは、ヤンだ…


 「…たいしたことは、ないさ…すでに、ヒントは、オマエがくれただろ?…」


 私の言葉に、ヤンは、ニヤリとした…


 「…でも、それが、一体どうしたっていうんだ?…」


 私が聞くと、


 「…これを、アラブの王族に当てはめれば、どうなると、思う?…」


 と、ヤンが、意味深に笑った…


 …どうなる? だと?…


 私は、思った…


 そして、今のリンダの言葉…


 …将を射んと欲すれば先ず馬を射よ…


 という言葉を考えた…


 つまりは、将=目的の人物を射る=手に入れるために、わざと、別の人物を狙う…


 だから、最初に、名前を挙げたのは、本命ではない…


 つまりは、リンダ・ヘイワースは、本命ではない、ということだ…


 私は、思った…


 「…つまり、オマエはアラブの王族の本命ではないということだな…」


 私は、考えながら、言った…


 目の前のヤンは、ニヤリとした…


 「…つまり、本命は、別にいると?…」


 「…」


 「…それが、バニラなのか?…」


 私が、ヤンを問い詰めた…


 が、


 ヤンは、笑って答えなかった…


 だから、私は、


 「…答えろ…ヤン、いや、リンダ…」


 と、迫った…


 すると、ヤンは、


 「…目的は、わからない…」


 と、真面目な表情で、答えた…


 「…ただ、リンダ・ヘイワースが、目的とは、思えない…」


 「…どうして、そう思うんだ?…」


 「…相手は、知恵者…最初から、ターゲットは、口にしない…本命は、口にしない…」


 「…なぜ、オマエにそれが、わかる?…」


 私の質問に、目の前のヤンが、ニヤリとした…


 「…お姉さん?…」


 「…なんだ?…」


 「…リンダ・ヘイワースを舐めてもらっちゃ、困るわ…」


 「…舐めてもらっちゃ、困るだと?…」


 私は、私の細い目を、さらに、細くして、目の前のヤンを見た…


 「…リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボル…世界中で、有名…これが、どういうことか、わかる…」


 「…なにが、言いたい?…」


 「…要するに、世界中で、リンダ・ヘイワースのファンクラブができている…」


 「…ファンクラブだと?…」


 「…つまり、はっきりと、組織化はしてなくても、例えば、イギリスのウィリアム王子は、世間では、知られてないけれども、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだと言う情報が入る…ウィリアム王子と親しい関係者が、私の身近な人間に教えてくれるの…」


 「…」


 「…要するに、変な話だけれども、私ぐらい世界的に有名になると、あちこちから、情報が入る…アメリカは、もとより、イギリス、ロシア、中国と、それこそ、世界中…もちろん、その中には、アラブの国々も入る…」


 「…」


 「…でも、これまで、一度もアラブの王族の中で、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンがいるなんて、情報は、聞いたことがない…」


 「…聞いたことがないだと?…」


 「…そう、ただの一度も…」


 「…つまり、アラブの王族が、リンダ・ヘイワースの熱狂的なファンだというのは、ウソだと?…」


 私の質問に、ヤンは、無言で、首を縦に、振って、頷いた…


 「…だから、将を射んと欲すれば先ず馬を射よよ…お姉さん?…」


 「…どういう意味だ?…」


 「…誰もが、このことわざを例に出せば、リンダ・ヘイワースが、将だと思う…リンダ・ヘイワースが、目的だと思う…」


 「…」


 「…でも、違う…リンダ・ヘイワースは、馬…目的の将は、別にいる…」


 「…誰だ? …それが、バニラなのか?…」


 私の質問に、


 「…わからない…」


 と、ヤンが、首を横に振った…


 「…バニラかもしれないし、別の誰かかもしれない…」


 「…」


 「…ただ、リンダではない…私ではない…それは、確か…」


 ヤンが答える…


 いつしか、辺りが、重苦しい雰囲気になった…


 私とヤンは、いつしか、口をつぐんで、黙ってしまった…


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