表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/7

君野×貴聞「犬を超えてくるな、御曹司」


挿絵(By みてみん)



君野(きみの)様。当主様よりお達しです」


朝、レイヴンの散歩へ出かけようとしていた僕を、等々元(とうとうげん)さんが呼び止めた。


「なんですか?」


貴聞(きぶん)様とのご関係について、外部の人間に知られることのないように、と」


「……あ、はい」


ようやく僕らの関係は認められた。


けれど、あの白戸家(しろどけ)の長男だ。

彼にも、いろいろと制約があるらしい。


「分かりました!気をつけます」


僕はレイヴンを連れて屋敷を出た。


今日はグレーのパーカーにデニム。


「ヴンちゃん、今日はちょっと遠くまで行ってみようか」


「ワン!」


天気もいい。


いつもと違う道にレイヴンも喜んでいた。


「あれ……ここどこだっけ」


そして僕は、自分が方向音痴だったことを忘れていた。


入り組んだ住宅街を迷っていると、立派な建物が見えてきた。


「あれ?」


中央廊下を歩く学生たちの制服には見覚えがある。


「貴聞くんの学校、ここなんだ……」


今頃、何してるのかな。


少しだけ見てみたい。


けれど、自分の格好を見下ろした。


「僕、不審者になっちゃうな…」


帰ろう。


遠目から校舎を眺め、踵を返した時だった。


「……ヴンちゃん?」


レイヴンが立ち止まり、長い鼻先を上げる。


次の瞬間。


ダッ!


「えっ!?」


リードが強く引かれた。


「ヴンちゃん!待ってってば!」


レイヴンは僕を引きずり、一直線に学校へ向かっていく。


「そっちはダメだよ!」


そして――。


「ヴンちゃあああん!!」


僕を引きずったまま、堂々と校門を突破した。





最近の白戸貴聞は、おかしい。


名家の子息令嬢が集まるこの学院でも、白戸家は別格。


クラスメイトの多くが貴聞との親交を望み、彼の一挙一動を気にしていた。


だから、その異変にもすぐ気づいた。


いつも隙一つなく、制服に皺一つ作らない男。


その貴聞が――。


「白戸くん。教科書は?」


「…………」


教師に言われて初めて気づいたように、机と鞄を見る。


「……忘れました」


教室が静まり返った。


「と、隣の人に見せてもらってください」


顔色が悪いわけではない。


ただ、何かに精気でも搾り取られたように魂が抜けている。


「さっきぶつかった俺のせいか?」


「いや、バレーで足引っ張ったから俺かも……」


「……はぁ」


貴聞がため息をつくだけで、教室の温度が下がった。


その時。


「……なんだ、あれ」


窓際の生徒が校庭を指差した。


「犬?」


「なんで学校に犬!?」


巨大な黒い犬が校庭を爆走している。


その後ろでは――。


「わああああああ!!」


男がリードを握ったまま盛大に引きずられていた。


「ワンワン!!」


その鳴き声に、死んだようだった貴聞の目が動く。


「……レイヴン?」


そして、男を見た瞬間。


「吉郎!!!!」


絶叫が教室を揺らした。


貴聞は教室を飛び出していく。


「白戸くん!?」


教師の声も届かない。


生徒たちは一斉に窓へ張りついた。




「吉郎!!」


「あ!貴聞くん……!」


まずい。


朝、あれだけ等々元さんに言われたのに!


僕は擦り傷と泥だらけで、校庭のど真ん中に転がっていた。


貴聞くんを見るなり、レイヴンが大喜びで飛び跳ねる。


「レイヴン、伏せ」


「くぅ〜ん」


一声で大人しくなった。


「……よし。いい子だ」


頭を撫でた貴聞くんが、僕を見る。


「あう……ごめんなさい。こんな、みんなの前で……」


校舎の窓には無数の生徒。


今、貴聞くんに助けられたら――。


「吉郎」


彼の目が、僕をとらえた。


「僕の魔法が叶ったみたい」


「魔法?」


「学校に吉郎がいてくれたらなって、ちょうど考えてたんだ」


「あ……」


僕は悟った。


この貴聞くんはダメだ。


今、出てきちゃダメなやつ。


「吉郎……」


案の定、とろけた目で僕に覆い被さってきた。


顔が近づく。


「ダメダメダメダメ!!今はダメ!」


止まらない。


それ、夜にしか見せてはいけないやつ…!


「ヴンちゃん!タッチ!!」


「ワン!」


レイヴンが貴聞くんの背中へ飛びつく。


「…………」


口を開けたまま、彼は止まった。


「僕たちの関係、外にバレちゃダメだよ!」


「…………」


明らかに不満そうだ。


けれど、諦めたらしい。


視線を落とす。


ぺろり。


舌なめずりした。


「え?」


次の瞬間。


首筋に吸いつかれた。


「ひゃあ!?」


「ワンワン!」


レイヴンまで興奮して僕たちの周りを走り回る。


「貴聞くん!それもダメぇ!」


全身に電気が走ったまま。


気が済んだのか、ようやく離れた。


「吉郎、愛してる」


「え?」


「…吉郎は?」


「も、勿論愛してるよ……」


満足したらしい。


貴聞くんは手の甲で口元を拭った。


「等々元を呼んでおくね。近くの公園まで迎えに来てもらおう」


「うん……」


「大丈夫。皮肉も言わせないから」


僕は何も言わず、首筋を押さえた。




貴聞が教室へ戻ると、全員の視線が集まった。


「白戸くん。一体、何をしていたんですか?」


女教師が皆の疑問を代弁する。


「何か揉め事でも?」


貴聞はいつもの涼しい顔を崩さなかった。


「ああ。うちの使用人です。僕の犬が暴走したようで」


教室がざわつく。


「2度とこんなことがないよう、ペットには教えておきました」


「……教えた?」


「次にあの使用人が失態を犯したら、首元に噛みつくように、と」


「…………」


再び教室が静まり返る。


「……さすが白戸家」


「使用人も大変だな……」


「やることが違う……」


そんな声をよそに、貴聞は何食わぬ顔で席についた。


「授業を続けてください。皆さんも座って」


冷めた声。

皆が静かに教科書を開く。


朝まで魂が抜けていた男とは思えないほど、その顔は晴れやかだった。



【完】



挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ