君野×堀田「呪いのメガネ」
「堀田くん」
「ん?」
「僕、今メガネつけてる?」
「……は?」
週末。
同棲している恋人の君野吉郎と、ただ並んで道を歩いていた。
それだけなのに、俺は思わず隣の吉郎の顔をまじまじと見る。
「いや、なんもついてないぞ」
いつもの顔だ。
メガネなんて、どこにもない。
「そっか……」
そう言うと、どこか納得できないような顔で、自分の目元を両手でぱちぱちと触った。
「なんだ?」
「いや……なんかね。メガネつけてる感じがする」
「……ああ。さっき店でつけてたもんな」
少し前に寄った雑貨店で、吉郎はいくつか伊達メガネを試着していた。
「でも、ここにある感じするんだよね」
そう言って、何もない鼻筋を人差し指でくいっと押し上げる。
「ん?」
これ、ボケか?
天然か?
「おいおい。それ、呪いのメガネなんじゃないか?」
「呪いのメガネ!?」
君野の目が大きく見開かれた。
――あ。
しまった。
天然の方だった。
俺はしくったと、静かに舌打ちする。
「だからまだメガネつけてる気分が抜けないんだ!」
「……」
あー……。
めんどくさい。
そのまましばらく歩いてみたものの、君野は何度も何度も目元を触っていた。
何もない鼻筋を押し上げる。
目の横を触る。
また押し上げる。
落ち着かない。
見ているこっちまで落ち着かなくなってきた。
「……吉郎」
俺は吉郎の手を掴むと、そのまま来た道を引き返した。
「え?どこ行くの?」
「さっきの店」
「なんで?」
「メガネ買う」
「……え?僕、目悪くないよ」
「メガネに慣れといた方がいい。突然目が悪くなったら怖いだろ」
「そっか……」
納得するのかよ。
数分後。
君野は雑貨店の鏡の前で、黒縁の伊達メガネをかけていた。
「……どう?」
俺は黙った。
「堀田くん?」
「……」
「変?」
「いや」
思っていたより、ずっと似合う。
この童顔で、無垢で、いつまで経っても危なっかしい顔が。
たった一本、黒いフレームが乗っただけで少し大人びて見える。
なのに本人は慣れない感覚が気になるらしく、何度も目を瞬かせて、左右に小さく頭を揺らしている。
……なんだこれ。
可愛い。
いや。
めちゃくちゃ可愛い。
「……俺が気に入りすぎたんだな」
ぽつりと呟いた。
「え?」
「いや……」
きっと、このメガネの呪いは俺だ。
さっき店でこれをかけた吉郎を見て。
もう一回見たいと思った。
可愛いと思った。
もっと見たいと思った。
その念が、吉郎の頭にメガネの感覚だけ残したんだ。
――きっとそうだ。
「…………」
なんて、愛おしいんだろう。
胸の奥がじわじわ熱くなる。
今すぐ抱きしめたい。
頬を触りたい。
そのメガネごと顔を両手で挟んで、何度でもキスしたい。
……いや、店だ。
落ち着け。
俺。
「堀田くん?」
「……それ買って慣れよう」
「うん」
「つけて帰るよな」
「え?あ、うん!」
君野はよく分からないまま、メガネをかけて帰ることになった。
それからしばらく。
俺は隣を歩く君野を、何度も盗み見る。
落ち着かないのか、顔を小刻みに振っている。
まるでエリザエスカラーをつけられた子猫のよう。
……可愛いな。
可愛い。
可愛い。
可愛すぎる……。
メガネ一個で、なんでこんなに変わるんだ。
悪いな。
俺の好みみたいだ。
横顔を見る。
正面を見る。
俯いた顔も見る。
視線を感じた吉郎がこっちを見るたび、慌てて前を向く。
気持ち悪い。
自分が。
そんなことを考えながら歩いていると、俺の視界にあるものが入った。
店先に並んだベレー帽。
「…………」
あれ。
絶対似合う。
その瞬間。
隣を歩いていた君野が、びくっと身悶えした。
「うわっ」
「どうした?」
「堀田くん、なんか頭が……頭がモゾモゾした」
「……ああ」
俺はベレー帽を見る。
それから、メガネ姿の吉郎を見る。
もう一度、ベレー帽を見る。
――絶対似合う。
「吉郎」
「あ、堀田くん!!」
嫌な予感を察したらしい。
だが遅い。
俺はまた吉郎の手を握ると、迷いなく踵を返した。
「ちょ、どこ行くの!?」
「すぐそこ」
「また!?」
俺の頭の中ではもう、黒縁メガネにベレー帽をかぶった吉郎が完成していた。
……見たい。
今すぐ見たい。
さっきまで「呪いのメガネ」なんて笑っていたくせに。
どうやら。
本当に呪われたのは、俺の方らしい。
【完】




