君野×きいろ「君の好きないちごエプロン」
山小屋での暮らしも、夏休み後半を迎えていた。
きいろは相変わらず、朝から晩まで絵を描いている。
その傍らで、君野は今日も少しでも距離を縮めようと奮闘していた。
「ねえねえ、きいろくん。今日何食べたい?」
「何でもいい」
「僕、冷やし中華買ってこようかなって思うんだけど」
「何でもいい」
「……わかった。買ってくる」
君野は小さくため息をついた。
やっぱり、この人は絵に恋をしている。
少しだけ悔しい。
けれど、君野には密かに考えている作戦があった。
きっかけは、偶然見た1本の動画だった。
「目で会話……目で会話」
声が出せなくなった人同士が、視線だけで文字を追い、意思を伝え合う方法。
きいろくんは口数こそ少ないが、黒目だけは驚くほどよく動く。
絵の具を渡す時もそうだった。
言葉はなくても、視線だけで「その色じゃない」「それだ」と伝えてくる。
最近は彼のその目の動きだけで、次に欲しい色を何となく読めるようになっていた。
君野は2人分の冷やし中華を買ってくると、きいろをアトリエから小さなリビングへ呼んだ。
きゅうり。
トマト。
生ハム。
錦糸卵。
色鮮やかな具材が並ぶ。
君野は冷やし中華を口へ運ぶふりをしながら、静かにきいろの目の動きを追った。
「きいろ君って、もしかしてトマト嫌い?」
「……いや」
「嫌いだよね。僕、食べてあげる?」
「……好きなら食え」
君野はトマトをぱくりと口へ運んだ。
「当たった!?」
「嬉しそうだな」
きいろは膝を立てたまま、淡々と冷やし中華を食べ続ける。
――そうだ。
絵の具だ。
トマトは赤。
きゅうりは緑。
生ハムは桃色。
そして、錦糸卵は黄色。
毎日、きいろが欲しがる絵の具の色を見続けてきた。
だから、食材へ向く視線も自然と読めるようになっていたんだ。
「僕、いつの間にか養われてるんだ……」
君野は思わず笑みをこぼした。
それから3日後の出来事だった。
「……」
アトリエで眠っていたきいろが目を覚まし、リビングへ移動すると、台所に立っていた君野の格好に思わず足が止まった。
「君野」
「あ、おはよ!!なあに?」
「……なんだ、その格好」
「あ、これ?」
君野は半袖だった。
それはいつも通り。
ただ、半ズボンはショートパンツになり、その上からイチゴ柄のエプロンを着け、足元には同じくイチゴ柄のスリッパを履いていた。
「なんだ、その格好」
「え?だってきいろ君、好きでしょ?」
「言ってない」
「言ってる!今も!」
「なんのことだ」
「きいろ君の目が『僕のこのイチゴエプロンとショートパンツ、大好き!』って」
君野はそう言うと、エプロンの裾を両手でひらひらと揺らした。
「……」
きいろは考える。
――こうなった君野には、誰も勝てない。
当の本人は期待に満ちた目でこちらを見上げている。
きいろは思わず、その目を手のひらで塞いだ。
「わっ!」
……どういう理論で、そうなる。
「俺は分かってる」
「え?」
「お前が欲しいものくらい」
きいろは君野をじっと見つめた。
君野は最初こそ平気な顔をしていた。
「えへへ、じゃあ当ててみて?」
だが、きいろは視線を逸らさない。
そのまま大きな右手で君野の後頭部を優しく引き寄せた。
「な、なに……?」
「……」
きいろの顔がゆっくり近づいてくる。
君野は期待で胸を高鳴らせ、思わず目を閉じた。
「さあな」
「え?」
「やっぱり、お前の考えてること」
君野は勢いよく目を開く。
「えぇ!今のはわかるでしょ!?」
「俺は口で言ってくれなきゃ伝わらない」
きいろは口元だけをわずかに緩めた。
君野はその言葉にごくりと唾を飲む。
「……えっと……その……チュー、したい」
耳まで真っ赤に染めながら、小さな声で呟く。
「そうか」
きいろは短く答えると、君野の額を軽く小突いた。
「え?」
「最初からそう言え」
「だ、だって恥ずかしいし……」
「だから言った」
「?」
「俺は口で言ってくれなきゃ伝わらない」
君野は悔しそうに頬を膨らませた。
「ずるい……」
「何がだ」
「きいろ君、今日ずっと僕で遊んでる」
「遊んでるのはお前。だが、俺で遊ばせてやらない」
きいろは小さく笑うと、今度は自分から君野の額へそっとキスを落とした。
君野は目を丸くしたあと、真っ赤な顔のまま照れ隠しに額を押さえた。
「……やっぱり、ずるい」
きいろは何も答えない。
ただ、少しだけ満足そうに笑っていた。
【完】




