【力とは何か編】第四段 家康、二つの力を見て学ぶこと
【力とは何か編】第四段 家康、二つの力を見て学ぶこと
-------------------
秀吉が恐れ、そして手にかけたあの利休。だが、この利休から静かに学び取っていた者が、もう一人いたようだ。かの家康である。
________________________________________
篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
家康、かねてより利休と親しく交わり候。利休、家康の茶壺の詰茶の世話をも致し候由にて、家康これに礼状を送り候。かかる私的な交わりの中にて、家康、利休の人心収攬の術をも、間近に見て候様子~~~~~
________________________________________
現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
家康は、以前から利休と親しく交わっていました。利休が家康の茶壺の詰茶(新茶を詰める作業)まで世話をしたそうで、家康はこれに礼状を送っています。単なる大名の一人としてではなく、かなり私的な間柄で交わっていたことがうかがえます。こうした付き合いの中で、家康は、利休がどのようにして大名たちの心を掴み、結びつけていくのか、その術を間近で見ていたのではないかと、私には思われます。
思えば家康は、秀吉のもとでも長く過ごしてきました。かつて書いた通り、秀吉は竹中半兵衛や黒田官兵衛を口説き落とし、敵さえも調略で味方に変えてしまう、人たらしの術に長けた男でした。家康はこの秀吉の術も、利休の術も、両方を間近で見てきたことになります。刀ではなく、人の口説き方、人の集め方こそが、天下を左右する力になる。これを、家康は二人の男から、それぞれ違う形で学び取っていたのではないでしょうか。
さらに家康には、もう一つの武器がありました。伊賀の忍びを束ねる服部半蔵という家臣です。この者、本能寺の一件の折、家康の伊賀越えを支えたのも彼の配下でした。半蔵とその配下は、戦場での働きだけでなく、諸方の情報を集め、敵の動きを探る役目も担っています。人の心を掴む術に加えて、人知れず情報を集める網まで持っている。これは、久秀や秀吉が持っていた力とはまた違う、いわば「見えない力」だと、私には思えます。
________________________________________
秀吉から人心掌握の術を、利休から美意識による人の結びつけ方を、そして半蔵からは人知れず情報を集める術を。家康という男は、これまで我が見てきた誰よりも多くの種類の「人を動かす力」を、静かに自分の内に蓄えているように見受けらる。刀の強さでは、之長や信長のような派手さはない。だが、こうして幾つもの力を併せ持つ者こそ、案外この乱世の最後に笑うのかもしれない。




