第37話「風になる前に」
秀樹は神嵐から下船し、
南方の基地で、静かにその時を待っていた。
どこまでも透き通るような真っ青な海を見ながら、
響乃から届いた、海水がしみこんで
今にも破けそうな手紙を、
綿の出た緑色の人形にそっと差し込む。
英一と誠が、少し離れたところで
何やら深刻な顔をしていた。
――もう、十分生きた。
心残りがないと言えば、嘘になる。
それでも、これでやっと解放される。
秀樹は、それを救いだと思った。
そして、
下船前に、書けるうちに書いた
二通の手紙を、静かに見返す。
手紙を、そっと読み返す。
海は、何も言わず、
小さな声だけを聴いている。
― 辞世の句 ―
たとえ我が身が滅びようと
我が心は海を渡る風のごとし
そしてもう一通の手紙を読む、
心の中がじわっと温かくなる。
響乃へ
今日、誠と英一が何か話していた。
あの表情は、もう何度も見た。
……どうやら俺も、そろそろらしい。
誠は「死神が死んだら笑われる」といつもの調子で言ったが、
あれは強がりだ。
俺も同じだよ。
軍人ぶってきたくせに、
いざ自分の番となると、こんなにも怖い。
業を背負ったまま逝くのは、やはり重い。
けれど、お前と出会えたことだけは、
俺の人生の中で確かに救いだった。
暗い底に沈んでいたとき、
「死神ってかっこいいじゃない」と書いて、
変なカエルのお守りに鎌まで持たせたお前の無茶に、
どれだけ心を支えられたか。
あの瞬間、俺はもう一度、生きた。
言葉にすると少し恥ずかしいが、
本当に、お前を愛している。
お前は、お前の人生を生きてくれ。
どうか、幸せになれ。
誠は強いが、脆いところがある。
時々でいい、気にかけてやってくれ。
それだけを伝えたかった。
秀樹
そして響乃から届いた手紙を思い出すうちに
少し眠くなるのを感じ、
そのまま、海の音に包まれるように、
静かに秀樹は目を閉じた。




