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この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


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第36話「正解のないトリアージ」

羽黒沈没後の駆逐艦「神嵐」の艦上は、混乱を極めていた。


昨日の戦闘で負傷した人々で甲板は埋め尽くされ、

さらに、羽黒の乗組員の負傷者も加わっている。


医療資材は、ほとんど底をついていた。


薬品も、清潔な包帯も、布も、血液も、必要な道具も――

すべてが不足し、人手も決定的に足りなかった。


艦の医療施設も半壊しており、

その最中、英一の同僚の看護兵からも多数の死傷者が出ていた。


英一は甲板に設けた即席の医療所で手当てをしていたが、

まわりは血の匂いや、うめき声で埋め尽くされていた。


「英一、右手をかすめられた。うまく動かない。

 悪いが、その重症者を頼めるか」


「わかった。本当はお前も休ませたいが、

 今はどうしようもない。軽症者は頼んだ、長瀬」


大きな腕の深い裂傷を、

右手と、義手のかぎ爪だけで整え、

迷いなく縫合していった。


「これでO型の血液は最後だ」


素早く血液バッグと輸液を静脈につなぎ、次に手を伸ばす。


まだ多くの重傷者を抱え、

英一は手袋を交換しながら手当てを続けていた。

そこに、終わりが来る気配はまったくなかった。


「秀樹はどうなった」


甲板に並べられた負傷者の人数の多さに、

英一はそちらを見る余裕がなかった。

だが呼吸の音だけが、背中越しに聞こえていた。


-----


甲板上の混乱が収まるころ、ようやく秀樹を診る。

静かに包帯だけを替え、秀樹の腕を下ろす


弱々しい声で秀樹は聞く


「おれはどうなる…」


「大丈夫だ心配するな」


その後、英一は誠と何やら話していたが、

秀樹にはだいたいの想像がついた。


-----



秀樹は仰向けのまま、天井のない空を見ていた。

包帯は新しくなっているが、

胸の奥に残る感覚だけは、何も変わらない。


強い消毒薬の匂いに、顔をしかめる。


英一の手は、あくまで静かだった。

声も視線も、用件を伝えるだけで、それ以上は一切なかった。


――ああ、そういうことか。


秀樹は、ゆっくりと息を吐いた。


「……長くはないらしいな」


誰に聞かせるでもなく、

それは確認でも、問いでもなかった。


ただの理解だった。


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