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第32話「いつかのふたり」
誠の枕元に、静かに畳をすべるような足音が近づく。
響乃が三つ指をそろえ、凛とした所作で膝をついた。
「お迎えに参りました、誠さま」
薄く目を開けた誠は、静かに笑う。
「……お前は偽物じゃな」
「なんでですか!? ちがいますってば!」
響乃はギャーすかぎゃーすかと騒ぎ、昔の癖がそのまま出る。
誠は喉の奥でくつりと笑う。
「なんだ、やっぱり響乃か。
その騒々しさじゃ、偽物のわけがないわ」
一瞬の静けさが落ちる。
二人の間には、何十年分の思い出が淡く漂っていた。
「……あいつらには伝わったかな」
「ええ。伝わったですとも。
あなたが生きてきた意味、ちゃんと」
響乃の声は不思議と若い頃のままだった。
誠はうなずき、わずかに口角を上げる。
「そいじゃあ……そろそろ行こうか。
あいつらも酒瓶持って、向こうで待ってるわ」
「はい。……参りましょう」
その瞬間、誠の部屋にふたつの風が吹き込んだ。
暖かな空気が舞い、布団の端をふわりと揺らす。
風はつむじ風となり、すうっと天井へ。
そのまま、澄んだ空へ溶けるように消えていった。
そして部屋には、
静かで、やさしい余韻だけが残った。




