第31話「潮だまりの村上海賊団」
村上誠は夢を見ている。
潮風が頬をくすぐり、小さな小早船が水面を揺らしていた。
「俺らの船が一番強いんだ!」
誰かの声に応えて、誠は段ボールとチューブで作った小舟に飛び乗る。
海に頼りなく浮かぶその船は、ただの遊び道具――いや、子供たちのロマンだ。
突きで穴をあけても、沈んでも、誰も文句は言わない。
それが、この海賊ごっこの掟だった。
野上響乃が、にやりと笑った。
「勝ったら、村上の苗字はもらっていくからな」
誠は真剣だった。
旗を取るまでは、絶対に負けられない。
誠の組は佐飛秀樹と高田春江。
響乃の組は小渋川英一と小渋川朱音。
響乃が少し心配そうに声をかける。
「ちょっと朱音、春江ちゃん。泳ぎ大丈夫だっけ。お嬢さんだし」
「そこは抜かりはないよ、響乃」
潮風を受け、誠と響乃の小早船がにらみ合う。
「いくぞ、秀樹!」
「おうよ、誠!」
――その直後だった。
横で春江が、勢いよく海に頭から突っ込んだ。
「ぶぎゃっ、ちょっと待って!」
段ボールとチューブの小舟は、陸と縄でつながれていた。
「うばば、助けてー!」
朱音が声高らかに宣言する。
「これぞ連環の計! そこ、足つくわよ」
「きたねーぞ!」
誠が抗議すると、
「おほほほ。要は勝ちゃあいいのさ、誠」
悪役そのもののような、朱音の高笑いが響く。
その背後から、秀樹がそっと朱音の船に穴をあけた。
「あー、やられた。私が女の子にやられるとはね、油断したわ」
「見てわかんねえのか、俺は男だ、ばーか」
その場にいた全員が、驚いて秀樹を見る。
響乃は目を細めて言った。
「お前、男だったのか。どうりで秀樹なわけだ」
「うるさい、うるさい、この俺の槍をうけてみろ!」
そう言って、秀樹はまっすぐ響乃へ狙いをつけ、突っ込む。
だが、響乃は棒を巧みにひねり、秀樹の一撃を払った。
次の瞬間、秀樹の棒は海へ落ちていた。
「とどめだ、秀樹!」
秀樹の船には大穴が開き、ゆっくりと沈んでいった。
「かわいい顔して、惜しかったわね」
響乃は棒を鮮やかに振り回し、決めポーズをとった。
その横では、誠と英一がにらみ合っている。
英一はいきり立ち、叫んだ。
「今度こそ、その首を取る!」
勝負は一瞬――と思われたが、
双方たたき合い、どちらも涙目になる。
そして英一はバランスを崩し、海に落ちた。
「誠、おぼえてろよー!」
密かに小物感を漂わせながら、陸へと帰っていった。
響乃と誠が向かい合う。
双方、棒を腰に据える。
先に動いた方が、やられる。
潮が引いた浅瀬を、
なぜか意味もなく、草の塊がころころと転がっていった。
誠と響乃の船が、こつんと当たった瞬間。
双方が居合の構えで相手の船を突き刺す。
同じような穴が開くが、
体重の差で、誠の船の方がわずかに早く沈んだ。
「私の勝ちね。これで私も村上だ」
「それ結婚じゃね」
「……ばーか。
……夢の話よ、これは」
誠は沈みながら、
なぜか胸の奥が、少しだけあたたかいことに気づいていた。




