第30話「ひだまりのひとりごと」
朝の光が校舎の窓から差し込み、玄関を淡く染めていた。
風は柔らかく温かいが、どこか秋の匂いを運び始めている。
響は受付の机を借り、
昨日の夜から描きかけだった木の一角獣の装飾を、
じっくりと仕上げていた。
色紙や金銀のラメが光に反射し、小さくきらめく。
「航、ここ、もう少し羽根の横飾り、広げた方がいいかも」
玄関の中央には学園祭のテーマ「飛翔」の幕がかかり、
その横で一角獣が羽を広げ、来場者を迎える時を静かに待っている。
背後から声をかけると、航は慣れた手つきで細かい調整を終えた。
最後の飾りを終え、一息ついたとき、玄関の方から楽しげな声が響く。
「おーい! 差し入れ持ってきたぞー!」
「さっき練習で作ったやつだよ、二人も一緒に食べヨ」
エミリーと仁が、大きな紙袋を抱えて笑顔でやってきた。
タコ焼きと唐揚げの香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
「わあ、ちょうどお腹すいたところ!」
響は嬉しそうに手を伸ばす。
航も肩をすくめ、にやりと笑った。
外の光と香りに包まれながら、ふと昨日の夢のことを、
少しだけ思い返した。
その時、仁がにこにこと声をかける。
「航、クラスの店舗が始まる前に、あれ行ってこないか」
「あーあれね、そっちもクラスの当番2番目だっけ、今のうちだな」
二人は肩を組み、笑いながら玄関を出て行った。
響とエミリーは校庭の端のベンチに腰を下ろし、
差し入れのタコ焼きと唐揚げを分け合った。
「そういえばさ……
響って、初めて誰かに告白したのっていつ?
……やっぱタニグチくん?」
エミリーがぽつりと聞く。
響は少し目を細め、違和感を覚えながらも、顔を向け直す。
「そこはいつもどおり、航で大丈夫。
どうせ『谷口って言え』って、お兄ちゃんでしょ」
「そうじゃないの。
日本人って、すごく仲良くならないと、名前で呼ばないでしょ?」
「そこは、気にしなくていいと思う。気を使いすぎ」
「そっか。じゃあ、その相手ってワタルだったの?」
「うーん……実は、小学校に上がる前なんだけど。かわいい子だったよ」
「ワタルじゃなかったんだ」
「うん、それで転校したから。それから航に会ったんだ」
「そしたら男扱いだよー、ひどいんだよ」
響もエミリーも笑った。
学園祭のざわめきの中で、
二人はそっと、打ち解けていくのを感じていた。
「響も転校してたんだ」
エミリーは、少し驚いたように笑った。
「わたしもね。小学校の途中で。
その子の親が、自分たちのルーツをすごく大事にする家でさ。
名前にも、ちゃんと意味があったんだ」
ベンチの向こうで、風に揺れる旗を眺めながら、
エミリーは遠い記憶をなぞる。
「……かっこよかったな」
「……ちょっとだけ、仁にも似てたかな」
そう言って、照れたように肩をすくめた。
「そうだ、わすれるとこだった、
ワタルに伝えといてほしいんだけど」
エミリーが、響の耳元で何かささやく
「え、それって…エミリーが言った方がいいんじゃないの」
「私が言うとさ、
ワタル、どう受け取るかわからないの。
だから、響が言ってほしい」
「一応、伝えとくけど航が決めることだし、どうなるかわからない」
「そうじゃないの。
こういうのは……響が言った方がいいの」
「わかった、でもね航は、航なの」
「やっぱり、響はわかってる、安心した」
その時、航と仁が笑いながら戻ってくる、
穏やかな日が続きますように――
ひだまりが、そう願っているようだった。




