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この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


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第27話「月影に落ちゆく羽黒」

砲撃戦で幾度となく砲弾を浴びせられ、

崩れかけた第二指揮所で、砲術長・岩谷雄太は

誠が海に飛び込むのを静かに見守っていた


「あれだけ退艦しろと、指示を出したのに

あいつらはこんな時だけ、命令に従わない、大馬鹿野郎だ」


その顔は、言葉と裏腹に、

すでに遠くを見送っているような表情で、


「これで、たぶん俺がこのあたりの生き残りか」


呟いている岩谷のほかに、

その場で、息をしている者はもう誰もいない


確認をしようにも、下に通じる通路は

ことごとく破壊されつくされている


「報告せねば、まだやることが残っている」


艦橋に、誰か生き残っている者がいるのか……

いや、上はもっと攻撃にさらされているはずだ。


もしかしたら自分が最後かもしれない……それでも行かねばならない。


艦橋の階段を上がる。

いつもなら、こんなものは屁でもないはずだが、

足取りはやたらと重く、

階段は異様に長く、暗かった。


所々崩れてしまった場所を避けながら、

永遠に続くような感覚に襲われる。


明かりのない艦橋の扉を開けようとした瞬間、


手が何かに滑るような感覚に触れたが、

それが何かを考えるのも、おっくうだった。


歪んだ扉を力をかけて引き、中に入ると

三浦嘉久艦長だけがこちらに顔を向けた


三浦艦長がこちらに向かって、何かをしゃべっている。

その時、初めて自分の鼓膜が破れていることに、岩谷は気づく


その口は、「お前はなぜ退艦しない」

そう言っているような気がした


岩谷は背をすっと伸ばし、足先の角度を正す。

正対の体形から、素早く手を帽子のあった位置へとまっすぐに当てた。


それは軍人として最後の敬礼であった


「艦長殿、ほぼすべての者の退艦を終わらせました」


「ご苦労であった」そのように言われた気がする


その後、ほんの少しだけ口角を上げ


「もういいんだ、ガンちゃん」


口元を見て、最後の「ガンちゃん」だけは確実に言ったな

そのあと、艦長室から何やら手に持ってくる


年代物のブランデーだ


封を開け、コルクをナイフで取る、

琥珀色の豊かな香りが戦場を切り離す


それを艦長は岩谷に突き出す


「それは艦長が先でしょ」


「無礼講だ」


その耳はとらえたわけではないが、

はっきりと聞こえた


月夜に溶ける艦橋はその時を待っている


二人の声とこえは、


朽ちた古城のような艦橋だけが、静かに聞いていた。


------


誠たちは他の者を救助できるように

筏を苦戦しながら作っていた


その時、光る火の粉を舞い散らしながら、艦橋が崩壊していく


その場にいた全員が敬礼の体を取る

誰かが掛け声をかける


「分れ!」


その場にいた全員が、身をただした、


羽黒は船首からゆっくりと、


少し揺らいだ水面月の中に

その姿を静かに沈めていった


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