第26話「赫」
誠は、赤熱して撃てなくなった砲を見て、初めて
肌を刺す暑さと、むせかえるような焼ける匂いを感じ、
思わず顔をしかめた。
後ろでは、線の細い若い兵士が動かなくなっていた。
「……終わったか」
そうつぶやいた瞬間、その者が目を覚ます。
誠は、静かに命令した。
「お前はもう限界だ。退艦しろ。これは命令だ」
「自分はまだやれます。頑張りますので、大丈夫です」
「これは上官としての命令だ。今すぐ退艦しろ」
誠の言葉に、若い兵士は静かに敬礼をし、
その場を後にした。
――その瞬間。
砲の外で、ひときわ大きな音がした。
誠は耳を押さえながら外を確認する。
そこにあったはずの通路は、
構造材ごと、闇に引き裂かれていた。
震える自分の手を見て、誠は問う。
大川は、どこへ消えた。
「大川……おおかわー! 返事をしろ!」
ただそこには、
赤熱する鉄の残渣と、
火薬の焼ける匂いだけが残っていた。
-------
冷たい海水が、秀樹の腕を刺すように締めつけた。
その痛みで、彼は目を覚ます。
「俺は一体どうなったんだ、さっきまで撃っていたはずだ」
状況が全くつかめず、船を見上げるとこちらに陸揚げ用クレーンが
倒れて来る、凄まじい落下音とともに目のまえギリギリを通過する
「あれをつかめば、助かるやもしれない」
だが無情にも鉄の塊は浮くこともなく
黒く光る海に消えていった
水温はそこまで冷たくはないが、
体温を徐々に、また確実に奪っていく。
遠くに救助艇の小型ボートが人を山なりに乗せて浮かんでいる。
船上の燃えさかる炎が逆光となり、こちらが見えていない
「なるべく無駄な体力を使わないようにしなければ」
秀樹は水に身を任せ、身体を流れるままに浮かぶ。
あれは今宵月か……風流でも何でもない。
その横を、羽黒はほとんど傾くことなく進む。
まるで船体そのものが、大きな篝火を掲げているかのようだった。
「俺の隊の連中は、脱出しただろうか」
ことあるごとに酒盛始めるよな連中だ、あいつらなら大丈夫。
そう思ったが、船体の後部を見やると
後部第2対空砲のあった構造物ごとえぐられている、
果てしない絶望感だけがそこにあった。
そうして流されていくと、船の前方で叫んでいる声が聞こえる
あれはもしかして、誠の声か
「3番砲塔要員全員点呼を取れ、頼む返事をしろ!」
その声は空しく燃え上がる夜空に消えていく
そのとき艦橋の一部が今にも崩れそうに垂れ下がっていた
秀樹は声の限り叫ぶ、今までこんな大声が出るとは自分でも信じられなかった
「誠! 今すぐ飛び込め!
上だ!」
その時-誠は見る、
炎を上げる艦橋の破片が
こちらを勢いよく襲ってくる、
通路側面の海は遠い、
着水場所を間違えれば即死だ。
考えている暇はない、
できる限りの助走をつけて、
誠は飛び込む。
足から真っすぐに着水した、誠が深く深く潜る、水面は遥か上にあり
ここまで来て死んでたまるかと思う自分に、
覚悟はしていたはずだと心で言うが
身体は渾身の力を込めて上にもがき続ける
もう息が続かずあきらめかけたその時
上から手を引っ張り上げられる
ボートの連中だ、その手は大川正だ
「良かった誠さん、生きていたんですね、本当に良かった」
「お前死んだと思ったじゃないか、はやぐいえ、ばがやろー」
「自分、すごい衝撃で死んだと思ったけど、丈夫でよかった」
そういって、おたがい無事をたたえ合う
「それともう一人いる、はやく助けてやってくれ」
そういって指さした方へ救助ボートを向ける、
素早く秀樹を救助するが、身体が震え弱々しい声しか上げられない
「よう誠、生きていたか」
「おまえは自分の心配をしろ、まずは早く手当てしてもらえ
ああ、礼を言わなければならないな、お前が教えなければ死んでいた」
ガッチリと左手で握手をする、その顔は一瞬だけ
幼馴染のもの同士に戻ったようだった。
だが救助ボートは定員オーバーで今にも沈みそうだ、
誠と比較的怪我の少ないものが飛び込み
「筏になりそうなものをかき集めて来る、
ロープや金具などを集めておいてくれ」
医療や看護の経験のあるものが秀樹の傷の止血をしているが
「これは早くしないと良くないぞ、救助は来るのか」
大川が目を伏せて言う
「『舟月』の二十四日月。東の海上、低空にあります。
予想される現在時刻、午前二時から三時。
神嵐がただちに反転しても、未明ぎりぎり。
日の出後は、敵艦に発見されます」
静かになった海を渡る白き舟のような月が、
赫く姿を変えた羽黒を照らす。
それは、儚く揺れる二つの船影のようだった。
※船舶の用語類の説明は近況ノートをご覧ください




