第21話「羽のゆくえ」
お昼をいただき、少し眠くなりそうな午後のひと時を、
航は濃い目のブラックで覚醒し、向かいの部屋へ移動した。
窓から差し込む光は午前よりも角度を変え、作りかけのユニコーンを照らしている。
航と響は作業を分担して進めていく
ふと、航は翼を掘っているときに、何かを思いつく
「これ再生だから、もしかしたら鳳凰の羽もありかな」
「え、それは私も思いつかなかった、もしかして合うかな」
航は言ってから、少しだけ手を止めた。
彫りかけの翼の木肌に、午後の光が白く浮かぶ。
「……再生、だよな」
響は一瞬考えてから、頷いた。
「うん。洋風の赤い羽根より、ずっと意味は通るかも」
航はもう一組、鳳凰の羽を作り、あら彫りだが組み立ててみた
「すごい、雰囲気が全然違う。
きれいな感じから、とても力強い感じになった。
私、こっちの方が好き」
「うん、こっちで行ってみよう、すぐ仕上げる」
「ゆっくりで良いよ、時間はまだあるから」
航は、やっぱ響と作業するのは落ち着くな、と思い。
なぜか、心の中に灯がともる気がしていた。
「ふむ、これはとても良い、その線で行ってみろ」
ふすまが静かに空き、誠おじいさんが、その手に取って言った。
誠は鳳凰の羽を指先でなぞり、少しだけ目を細めた。
「……船でもな、直すたびに形が変わっていくもんだ。
沈まずに帰ってきただけで、もう別物だ」
そう言って、羽を航に渡した。
机の横に腰を下ろし、
「このまま続けてくれ、なにかあったら見てやろう」
窓から見える光は、柿の葉の隙間からきらきらと、
畳の上に、静かに落ちていた。
「やはり羽黒も、無傷ではいられなかったのですね」
「そうだな。
最初のうちは、敵の弾など当たるものかと、思っていた。
だが、戦いを重ねるうちに、
だんだんと、被弾が多くなっていった」
「ハワイの手前の島での戦いでは、
敵の飛行機で、次々と味方の船が沈められていった。
この時しんがりといって、艦隊の一番後ろを守っていたが、
生きた心地がしなかった」
「おじいちゃんが怖いなんて、とても大変だったのね」
響が言うと誠は首を振りながら
「もっと怖いのは、仲間が亡くなっていくのに
慣れてしまうことだ。人間としてあたりまえの感情が
無くなること、たとえばな」
「南の自然と火山が美しい島でも、
激しい戦いは行われていた
空から大きな飛行機が、羽黒に爆弾をいくつも落とした。
秀樹と仲間たちは、誰が指示を出さなくても
淡々とその飛行機を落としていったが、
いかせん数が多すぎる、
落とせたのはせいぜい二割ほどだ。
わしの背後でも爆発が起き、
秀樹の部隊でも多数の死傷者が出た」
「ああいうあとがな、一番静かになる」
戦いが途切れたあとの艦内は、
夕方になると、妙に静かだった。
機械の音だけが残り、
人の声は、必要な分しか出ない。
甲板の向こうでは、
空が、ゆっくりと赤くなっていった。
秀樹と誠は水葬される仲間を見送った後
甲板の手すりによりかかり秀樹は静かにつぶやく
「なあ誠、あといったい何人敵を葬ったら戦争は終わる。
俺は、何人仲間を見送ればいい」
誠は静かに夕暮れの海を黙って見ている、
その顔には哀愁とも悲しみとも違う何かを感じる
「俺たちは慣れすぎたのかもしれない、これだけ犠牲が出ても
まだ自分たちが生きているし、死ぬ気がしねえ」
秀樹は愚痴をこぼし、誠の顔を見て、続ける
「響乃は必ず帰ってきなさいと手紙を書くし、
これだけ人をあやめても、まだ生きたいと思う自分が信じられない」
響乃の手紙は、当時の日本の検閲で
捨てられてもおかしくない内容だった。
それでも、何度も書いたのだろう。
当時の日本の中では、
それは鋼のような胆力だった。
そして誠は静かに口を開いた。
「それでも俺は日本が勝つことを信じて疑わない
秀樹それだけは胆に銘じておけ」
誠はそう言い切ったまま、しばらく黙って海を見ていた。
沈みゆく夕日が、
何も言わずに水面へ溶けていく。
その光が、なぜか、
二度と戻らないもののように見えた。




