表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この小さな花があの海に届きますように  作者: 富田 来蔵 / Kizō Tomita


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/42

第20話「柔らかな光のなかで」

朝のすがすがしい静かな時間。

響は道場で、いつもの朝稽古に向き合っていた。


最初の三本は外れた。

四本目の射に入ると、ふと、空気が溶けるように周囲の音が消えた。


弓弦が鳴り、矢はすっと吸い込まれるように飛ぶ。

的の上方に――トン、と澄んだ音が響いた。


「うん、あたったね。

響ちゃん、最近なにかいいことあったでしょう。いい顔になったよ」


岩崎部長がにこにこと声をかける。


「ええ、とてもいいことがあったの。今は本当に充実してる」


「頑張りなさいよ、響。大事なところで逃しちゃだめだからね」


人の噂は早いな、と思いながら響は戻る。


射法八節――足踏み、胴造り、弓構え、打起し、

引分け、会、離れ、残心――を静かに繰り返す。

ふと、航は今どうしているだろうかと心に浮かぶ。



朝稽古を終えた頃、白妻ヶ浜海岸総合施設では、

航がひとり練習に励んでいた。


「よし、この時間帯ならまだ誰も来ていないな」


水面にすっと体を沈め、泳ぎ出す。

基本的なフォームは昔と変わらない。でも最近、

前に進む力が少し強くなった気がする。


体重も少しずつ戻りつつあることに気づき、心の中でつぶやく。

「最近、飯がうまいな……あの頃は何を食べても味気なかったのに」


四百メートルを泳ぎ切り、息を整える。

あの夜、響の手を取ったことを思い出しながら――


今日は午後から模型の制作に入る。約束の時間はお昼前だ。

数本の練習を終え、プールを後にする。


「そろそろ上がるか」


村上家へ向かう途中、仁とエミリーとすれ違った。


「よう、航。最近どうよ」


「ちょっとは良い感じだ。休んだのが正解だったかもな」


「無理はダメだよ。でもそのうち練習戻ってきなさい。みんな待ってるから」


「そのうち、考えておく」


エミリーは巨大な弁当を手に楽しそうに歩いていった。



いつもの果樹園の横道を上がり、村上家の門をくぐると、

焼き魚のいい匂いが漂ってきた。


「航ちゃん、こんにちは。上がって。

ひびきー、サラダ盛った?」


「はーい、今行く。二階にもっていくね」


二階の響の部屋で、二人はちゃぶ台を囲む。

心地よい疲れの体に、白身のジュワっとした脂がしみ込んでいく。


部屋の片隅には弓道具と色とりどりのぬいぐるみ、あれは…カエルッパか?


「航、なんか顔色いいね。こないだまであまりよくなかったのに」


「最近、調子も少しずつ戻ってきた。響のおかげで飯もうまい」


「作る甲斐があるよ。そう言ってもらえると、一番うれしい」


「こちらこそだな。響も最近、明るくなった気がする」


「うん、元気が出た。最近、とても充実してる」


すべてがうまくいき始めた気がした。

実際には何も変わっていない。それでも、心は前に向き始めていた。


壁に貼られたユニコーンの絵は、まだ見ぬ空へ向かう軌跡を静かに描いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ