第19話「雨上がりの虹の行方」
雨上がりの空。雲の隙間から柔らかな日差しが差し込み、
海面を金色に照らしている。
仁はふと響と航の方を見る。二人は楽しそうに海鮮を頬張り、笑顔で話していた。
「いこっか、ヒトシ」
「そうだな。日差しが、とてもきれいだ」
会計を済ませる間、エミリーは意を決したような表情で航に話しかける。
「ワタル、コーチから伝言。『いつでも待ってるから、気が向いたら来てね』って」
「こっちが勝手にやめたのに、そんなことできるわけ……」
すかさず仁がおどけて口を挟む。
「まーったく、おまえは人気者だからな。ほっとかれるわけないだろ」
「確かに、伝えたからね」
そう言いながら、仁とエミリーは「フライングフィッシュ」の
扉の外へ歩いていった。
*
響はグラスの氷を静かに回す。
航は、その音を聞きながら席を立とうとしたが、やめる。
「エミリーって、本当にわかんない。お兄ちゃんも、なんで何も言わなかったの?」
「まあな、でも最初から仁はそういうことだったと思う」
「最初からって……なんで思いをすぐ伝えなかったの?」
「だって、エミリーは最初ほとんど日本語話せなかったんだぞ」
「あー、あのバカ兄。ちゃんと英語勉強しないから」
航は思わず息を吐いた。そういうところが、昔から仁だった。
「結局、エミリーは言葉が分からないから、俺と話すしかなかっただけだ」
「あいつら、両方ともまっすぐだ。本当にお似合いだよ」
響は、エミリーの気持ちはそれだけじゃなかった気がしていた――
「そうね、私もお兄ちゃんを応援したい。良いと思う」
そう思う自分が、少しずるいような気もした。
「俺は、仁がすごいと思う」
航は少し間を置いて言葉を続けた。
「あいつにはブレがない。逃げている俺とは大違いだ」
「私は、迷って当然だと思う」
響はすぐに返す。
「航は、物心ついた時からずっと泳いできたんでしょ?」
「まあな……」
正直、俺のすべては水泳しかない。
結局、失うのが怖いだけなのかもしれない。
そう言って、氷の溶けきったアイスコーヒーを一気に飲み干す。
その味は、やはり少し薄かった。
「航は、ぶれてなんかない」
響は言葉を選ぶように続けた。
「むしろ、こんなにも一途に、
一つのことに真剣に向き合えた人の方が少ないと思う」
「だからね……」
小さく息を吸い、響は続ける。
「航は、もっと自信を持っていい。逃げてなんかないよ」
「わかった」
航は小さく頷いた。
「自分のことは、自分で決める。したいことは、したいようにする。それだけだ」
そう言うと、席を立ち上がる。
二人は外に出て、空に向かって伸びをした。
晴れ間にきらきら光る中、虹がゆっくりと空に架かっている。
濡れた砂浜をゆっくり歩くと、エミリーと仁がこちらを見ている。
二人はゆっくり近づいてきた。
「航、何かいいことあったか。いい顔になってるな」
「そうか。俺はいつでもこんな感じだ。仁こそ、にやにやしっぱなしじゃないか」
「それは、お前らの方だろ。お熱いことだな」
仁は繋いだ航と響の手を見て答えた。
「それじゃあ」と言い残し、航たちは別れた。
*
仁とエミリーは砂浜を歩き、虹が静かに消えゆく空を見上げる。
エミリーがぽつりとつぶやく。
「ヒトシ、気にしてるよね……」
「まあ、妹はあんな感じだし、航とは昔からの付き合いだし、気にするな」
仁の言葉に、少しほっとしたようにエミリーがうなずく。
「うん、ありがとう。良かった、ヒトシ」
不安げに目を伏せるエミリーに、仁はまっすぐ視線を向ける。
「改めて言う。お前が好きだ、エミリー。俺と付き合え」
そう言って、仁はエミリーの頬に軽くキスをした。
“Thank you, but… not there.”
エミリーは小さく微笑み、指先で自分の唇を示す。
“Here.”
そのまま二人は長いキスを交わした。
虹は二人を祝福するかのように、静かに空に溶けていった。




