触れてはならぬ者
ここまで見てくださっている方、ありがとうございます。
本日中に後もう1話だけ、更新すると思います。
『進化』の為には魔物を食わなければいけない。
とりあえず、ここにいる魔物を探す為に動こうとしたアレクであったが、片足と片腕が無い為、立ち上がる事すら満足に出来ない。
舌打ちと共に、「くそ!」と言おうとするが、舌が痙攣して上手く言葉が出てこない。
わざわざ、『アルコーン』語で「くそ!」という言葉を言い直す気にもなれずに、這いながら部屋を探索する。
アレクが落ちてきた場所はトラップ処理の部屋なのか、冒険者達の人骨やダメになった装備が多数落ちていた。
その中から、折れてしまった杖を一本もらい、それを松葉杖かわりに立ち上がる。
近くに転がっていた人骨に一度、頭を下げてからアレクは部屋の奥、この部屋唯一の出口へと向かって歩き出した。
♢☆♢☆♢☆
アステル遺跡は、現状、地下57階まである事が判明している遺跡だ。
だが、アレクは自分のいる場所が57階よりも下の階層である事を確信していた。
と、いうのも、アレクは実際にアステル遺跡の57階までを探索した事がある為だ。
その時にアレクが組んだのは彼の暮らしていた街、『アイプリル』のギルドでもトップクラスの実力を持つパーティ、『ヴォーパルレイド』だった。
見返りなど求めず、ただひたすらに遺跡を解明しよう!
という彼らの馬鹿な目論見に無理矢理引っ張ってこられたアレクは、200万ラビ、一流の冒険者パーティが2年かけてようやく稼げる程度の大金を報酬として受け取り、当時24階までしか解明されていなかったアステル遺跡を57階まで探索したのだ。
そんなパーティにも頼られていたアレクが、たかだか中級パーティに嵌められて、こんな目に遭っているなど、誰が想像するだろうか。
自嘲気味にアレクは失った手足のあった部分を眺める。
よく勘違いされるが、アレク自身の戦闘力はそんなに高くない。
『斥候』は罠の発見、解除、敵の索敵、パーティの逃走補助、などの仕事がメインで、戦闘など想定した職業ではないのだ。
この世における職業は、役割だけを示すものでは無い。
自分がなりたいと願う職業を司る神に祈りと供物を捧げることで、職業を変化させるこの世界において、職業とは人の能力までを変化させる。
例えば、『戦士』の職業だった奴が、『魔法師』に転職したら、魔法を使えるようになるかわりに、それまであった『戦士』としての筋力や、『スキル』は使えなくなる。
本人のトレーニングによって得たものは別だが、基本的に職業の恩恵を別の職業に活かすことは出来ないのだ。
そして、『斥候』は遺跡の冒険において、絶対に必要な職業ではあるが、本人の能力は器用さと俊敏さが上がるのみで、『スキル』も戦闘用の物は殆ど覚えないという、戦闘に関してはからっきしな職業であるために、これを取得している人物は少ない。
当たり前だろう、戦闘能力が無いということは、モンスターと一対一で戦えば死んでしまうのだから。
それに、『斥候』になるための神、『アルテミス』の要求する供物が手に入れにくいものであるということも『斥候』所得者の少なさに拍車をかけている。
だからこそ、『斥候』として長くやってきた上に優秀だったアレクは高額だろうと重宝されていたし、『アイプリル』の冒険者達は、全員がそれに納得していた。
だが、リウイ達、彼らはギルド証を見る限り、遺跡の少ない地方、『ディセンベル』の冒険者だった。
だから、『斥候』の正確な価値をわかっていなかったのだろう。
まあ、だからといって命を奪おうとするのはどうかと思うが。
アレクは見たこともない鉱石などを見つけるたびに、これを持って帰れば・・・などと、考えるが、このような姿で帰っても討伐されるだけだと思い直す。
そして、あてもなく進んでいたところで遠くにモンスターの気配を察知した。
この遺跡は迷宮のように入り組んでいるが、『斥候』になって、1年目を超えた辺りで手に入れた『スキル』、《構造把握》のお陰で自分を中心として、同一階層において、半径100m以内の構造を上から見るように知ることが出来るアレクにとって、この地形は味方だ。
更に、アレクはダメ押しとばかりに《隠密》を使って、気配を消しながらモンスターの元へと忍び寄る。
当然、モンスターの進行方向を考えて、背後を取れるようにだ。
だが、近づく毎に身体が重くなるような嫌な予感がする。
人間としての、では無い、魔物の身体がこいつに近づいてはいけないと警告を発しているかのようだ。
しかし、ここでこいつを確認しておきたいという気持ちもあったし、自分の『斥候』としての力量ならば、バレないように相手を見れるという自信もあった。
ゆっくり、相手のゆったりとした進行よりほんの少しだけ速い速度で近づく。
音など立てない、呼吸音も極限まで減らす。
すると、自分の耳を叩く小さな心臓の音以外に小さな、這うような音が混ざりこんできた。
ズルリ、ズルリと、なにかを引きずる音ではない。
蛇のような何かが這う音だ。
《サーチ》で、目の前にある曲がり角を曲がれば、そのモンスターがいるとわかる。
その時、アレクは引き返すべきだった。
本能が否定するものを興味本位で覗くべきではなかったのだ。
アレクは通路の角に身体を押し当て、顔をほんの少しだけ、出した時、その行為を後悔する事になった。




