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第六十二話 二年後のクラス会

 日曜日の午前中、けたたましい携帯電話の着信音で、匠と私は目覚めた。毛布から、にょっきりと裸の腕を伸ばして、匠は枕元の携帯電話を取る。

「はい、もしもし。」

 そう言う匠の声はとても不機嫌そうだ。

「なんだ、宮崎かよ。……ああ、寝てたよ、悪いかよ。」

 長い髪をかき上げながら、不機嫌そうに電話をする匠の姿は、上半身裸っていうのもあって、とても艶めかしい。

「あ?寝てたら悪いのかよ、なんの用だよ。くだらない話してないで、さっさと用件言えよ。」

 匠に密着しているのがにわかに恥ずかしくなって、私がベッドから抜けようとすると、腕をつかんで、引き留められる。そのまま匠はベッドに座り、私は匠の膝の中で身体を縮こまらせる。

「はあ?クラス会?そんなの欠席に決まってるだろ!」

 匠の不機嫌さはとうとう怒りに変わる。

「しかも二年の時のクラスだ?楓をいじめてたやつらに、どうして俺が会わなくちゃいけないんだよ。論外だ論外。電話切るぞ。」

 季節は一月。寒そうな匠の肩が気になって、電話中の匠に、部屋着を羽織らせる。匠の肩まで伸びた髪を、そっと服の外に出す。

「……楓?いるよ。代われってか?……ああ、うるせえ。わかったよ。」

 匠は携帯を操作する。スピーカフォンになって、凛音の声が流れてきた。

「かえでー。久しぶり!」

 凛音の懐かしい声が、匠の携帯から聞こえる。

「久しぶり!凛音!」

 私の声が弾む。

「そーだよ。なんのかんの、一年以上会ってないよね、私たち。」

「そうだっけ?」

「そうだよー。大学一年の夏以来じゃない?」

「そんなになるかー。」

 今、私たちは二十歳になった。匠も私も凛音も大学の二年生。

「会いたいのに、意外と時間が取れないよね?」

「そうだねー。」

「だからー、クラス会、楓もおいでよ。」

 ごそごそと服を着けていた匠が、

「楓を行かせるか、ボケッ。」

 と凛音に毒づく。

「匠くんに聞いてないー。ねえ、帆乃夏が来るんだよ?今度のクラス会。」

「え?そうなの!会いたい!」

 地方の国立大学に進学してしまった帆乃夏とは、結局あれきり、会えてない。

「だから、おいでよ、ね?ほのに会いたいでしょ?」

「わかった、行く行く!でも私が行っていいの?途中抜けした私が行って、雰囲気壊さない?」

「だいじょーぶだよー。みんな大人になったし。」

「…待てよ!なんで楓行くことにしてんの!しかも高二の時のクラスだぞ!いい思い出なんてないだろ?楓いじめられたり無視された記憶しかないだろ?」

 匠の焦ってる声が後ろから聞こえる。

「……じゃあ、楓が行くなら、匠くんも出席ね!へへっ。将を射んと欲すればまず馬を射よってね。じゃあ、時間と場所はLINEで連絡するねー。また。」

 そう言って、逃げるように凛音の電話が切れた。匠の舌打ちが聞こえる。

「…なんで行くことにしてんだよ!大崎に会いたきゃ、宮崎と一緒に個人的に会えばいい話だろ!」

 大崎っていうのは帆乃夏の苗字。

「だって、いつまで帆乃夏がこっちにいるかわからないのに、個人的に会える時間が取れるかわからないと思ったから。」

 そう言うと、眉を寄せて匠は黙り込み、煙草を口にくわえて火をつけようとするので、私は黙って煙草を取り上げて、箱も含めてキッチンに水没させる。

「あっ、何すんだよ、買ったばかりなのに。」

 匠の怒った声が後ろから聞こえるけど、私は気にしない。

「煙草は百害あって一利なし。……なんで医学生の彼氏のくせに、煙草なんて吸うのよ。短命になるよ?」

「イライラしたら吸いたくなるんだよ。」

 匠は不機嫌そうな顔で頭を掻きむしる。長い髪が少し乱れる。大学に入って、匠は髪を伸ばし始めた。「今しか出来ない髪形をしたい」らしい。まあ、アーティストっぽくって似合ってはいるんだけど。

「どうせ、ホテルに就職するときは短髪にしなきゃいけないだろ?だから、今だけ。」

 そう匠は言う。でも、この髪形のせいで、たまに女性に間違われる。身長が一七八センチもあるのに、華奢だからだろうな。キッチンに立つときは、髪を後ろで縛る。相変わらず、私はなかなか、キッチンに立たせてもらえない。匠は二年前の宣言通り、私をベタベタに甘やかす。

 私は、匠が課題の絵を遅くまで描いている日の、次の日は、朝食だけ私が作ることも多いけど、どんなに多忙でも、基本的には匠はキッチンに立つ。絵にばっかり向き合うと、煮詰まるから、適度にストレス解消になるらしい。

 一緒に暮らすようになって、いろんな匠の顔を見てきた。でも、こんなに絵を描くのが苦しいなんて、私は知らなかった。医大生も確かに大変だ。勉強量が多いし。……でも、独創性を求められる芸術系の『大変』とはまた違う気がする。匠がイライラして煙草に手を伸ばすのも、わからなくもない。

「煙草じゃない方法で、イライラを解消してよ、お願い。」

 キッチンから戻った私は、立ったまま、両手で、ベッドに座る匠の顔を包み込む。匠はため息をついて、私の腰に手をまわして、私のお腹のあたりに顔を押しつける。

「だって、俺は、高校の時のクラスなんて、いっこもいい思い出がない。無理して王子様キャラやって、似顔絵描いてた記憶と、あとは、楓がいじめられてつらかった記憶しかない。……なんで、そんなクラス会に行きたがるんだよ、楓。」

「私は気にしてないよ。いじめられてたのって、たかだか二か月余りだし、もう三年以上前だし。」

「……俺は許せない。」

 そう言って、そのまま私をベッドに押し倒して、匠は私に熱いキスを落とす。

 匠は、基本、人付き合いはそんなに悪くない。茜の宮大学の友達が、「夏の夜会は男子禁制じゃないから、楓ちゃんも彼氏を連れていらして。」なんて呼んでくれた時は、ちゃんと一緒に行ってくれた。女子大でも匠は大人気で、くじ引きの結果、二人ぐらいに似顔絵を描いてあげたりとか、私の友達にもちゃんとサービスしてくれる。中学の時のクラス会にも、予定が空いてたら結構出てる。

 ……でも、高校のクラス会は頑として行きたがらない。

「なんで、幹事が宮崎なんだよっクソッ。」

 匠は長いキスのあと、私から身体を離してベッドに転がって、まだ文句を言っている。

「匠が嫌なら、私だけ出てくるよ。」

 私がベッドに座ってそう言うと、匠はガバッと身を起こして、

「そんなことできるかよ!こうなったら、とことん楓を綺麗に盛り付けて、地味だのなんだのって、馬鹿にしてたやつらを見返してやる!」

 と妙なことに燃え始めた。

「そろそろ、髪も、カットするか。」

 そう言って、匠は私の髪に触れる。髪がもとの長さに戻った今、相も変わらず、私は美容室には行っていない、ただ、違うことは、今は自分が切ってるんではなくて、匠がカットしている。器用この上ない匠は、その辺の美容師よりもきれいにカットしてくるので、誰も私が美容室に行ってないって気づく人はいない。髪をカットするだけじゃなくて、髪のセットもメイクも、匠は全部やる。……もっとも、それをやるのは、私の週末モデルの日に限られるけれど。

 匠は飽きもせず、相変わらず週に一時間、私のデッサンをする。大学でも嫌っていうほど絵を描いているのに、それはそれ、これはこれ、らしい。

 一度だけ、匠の大学に連れていかれた。

 匠の大学は、何浪もして入るのがザラらしいので、現役で入ってる匠は、お子ちゃま扱いらしく、私もセットで同じように扱われた。

「おー、これがタクちゃんの愛しのリケジョか。いつも絵を見せられるから、初めてって気がしないね。」

 あちこちでそんな声をかけられる。なかには、予備校から一緒、という友達には、

「やっと本物に会えた!感激!」

 などとも言われた。高校二年の夏から、私は匠の偽装彼女にされてたから、予備校の友人たちは、時々私の絵を匠に見せられていたらしい。

「……確かに、君、なかなか創作意欲を掻き立てられる表情だね。俺にも今度一枚、描かせてくれる?」

 などと先輩に言われてから、匠はむっとして、二度と私を大学に連れて行かなくなった。

「楓を描くのは、俺だけだから。」

 と、妙な独占欲を発揮する。

 おとなしくて真面目な私の大学の友達とはまったく違って、匠の大学はとても自由で個性豊かで面白かった。匠は、大学に入ったら、当然のように王子様キャラは捨て、素のままで生きているから、今さら高校の同級生に会いたいとは思えない気持ちもわからないではない。


 凛音から、私の携帯にメッセージが入る。時間と場所に加えて、私への感謝の言葉がつづられる。

「いやー、匠くん連れてこいって、女子がうるさかったんだよね!楓のおかげだよ。」

 そっか、私はダシか。凛音らしい行動に、私は苦笑する。

「みんな、匠に会いたいんだったら、私、匠とつきあってることは黙っておくね。……また身に危険が及びそうだったら困るし。」

 私がおどけてそう言うと、匠はむっとした顔をしている。

「……ちゃんと求められてる王子様になってあげなよ。みんなそんな匠が見たいんでしょ?」

「今さらかよぉー。」

 匠は頭を抱えてベッドにまた転がる。ふん、過去の自分が悪いんじゃん。似顔絵描きたいばっかりに、女の子に媚び売って。私はわざと冷たい目で、匠を見てやる。匠はブツブツ言いながらも、しょうがなく腹はくくったようだ。

「……ま、ホテルの接客の練習と思えば、そんなに苦にならないか。」

 と、匠なりに切り替えの方法を考えたみたい。



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