表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/70

第四十八話 クラスの変化

 次の日、廊下で小松さんにすれ違った。小松さんはひとりで歩いていて、そして私をちらっと上目づかいで眺め、悔しそうに唇を噛んで、私から顔をそむけて去って行った。 小松さんの顔は、泣きだしそうに歪んでいた。

 いつも友達に囲まれて、勝者の微笑みを浮かべていた小松さんの姿は、どこにも無かった。私は廊下で立ち尽くす。小松さんにそんな顔をされても、私はちっとも嬉しくない。

 昼休憩に、私はタケルに聞いてみる。

「……ねえ、小松さん、すごく悲しそうな顔して歩いてた。どうして?」

「ああ…噂の出所を確かめるように、俺、先生らに依頼しただろ?そしたら、噂のほとんどは、小松の友達が流してて、悪質だからって、その子ら二人は二週間の停学になった。」

「そんな……。」

 私は絶句する。

「小松自身は、噂には関与してないって認められたけど、俺とつきあってるって言い張るから、バスケ部の風紀を乱すっていう理由で、いま部活動の参加を止められている。」

 タケルは何でもないような顔をしてさらっと言う。

「それで…バスケ部の人、困るんじゃないの?小松さんがいなかったら。」

「別に…マネージャーは小松だけじゃないし、ほとんど小松は俺の専属マネージャーみたいなもんだったから。」

 顔色一つ変えずに、タケルは平然と言う。

「ま、でも、小松がいないと俺が不便だから、冬の大会には復帰させるよ。十分反省もしてるみたいだし。」

 タケルの言っていることが理解できなくて、私は混乱する。

「……ほんとに小松さんは、ただのマネージャーなの?ただのマネージャーがほとんどタケルの専属って、理解できないんだけど…。」

「まあ、いろいろ便利なヤツだから側においてるけど、それで小松は勘違いしたんだろうな。本人も自分の立場が良くわかったみたいだし、もう許してやってよ。」

 タケルは笑い声を立てて、私に唇を寄せる。

「小松に嫉妬する楓も、可愛い。」

 タケルにキスをされながら、私の頭は言いようのない気持ちでいっぱいになる。タケルは何かおかしい。普通、自分に好意を持っている女の子を、その気持ちを利用して、専属マネージャーとしてこき使うもんなんだろうか。ほんとに二人は、ただのマネージャーと選手の関係なの?

 タケルは私の口の中を好きなように味わい尽くして、濡れた唇で私の耳元でささやく。

「ね?俺、いつ楓の家に行ける?もう結構、俺、我慢も限界に来てるんだけど。」

 私は背筋が寒くなるような恐怖を覚えて、言った。

「冬休みは、両親が海外から戻ってくるの。」

「そ、残念。」

 タケルは冷めた顔をして、私から手を離した。ちょうど昼休憩の終わりのチャイムが鳴ったので、私は逃げるようにタケルのもとを離れた。


 五時間目と六時間目の間、机と机の間を歩いていたら、友達同士でふざけあっていたクラスメイトの男子のペンケースが落ちてきたので、思わず拾い上げて机に戻そうとすると、

「触んな!」

 と、乱暴に私の手からペンケースが取り上げられる。ペンケースの持ち主の男の子は、これまで散々私を「愛人」だとからかって来た宇野くんだった。

「おまえに関わって、俺までとばっちり食って、停学とか退学とかになりたくないからな。俺のものに触るんじゃねえよ。」

 自分のペンケースを握り締めたまま、私の顔を見て、宇野くんは吐き捨てた。思いがけない言葉に、私は一瞬動きが止まると、次の瞬間、誰かによって、そのペンケースが宇野くんの手から取り上げられて、窓の外に投げ捨てられる。

「てめっ。何しやがる!」

 宇野くんが怒った眼を向けたのは、凛音だった。

「自分のものを拾ってもらった厚意に、そんなろくでもない罵倒するような最低ヤローはこれぐらいされて当然よ!」

「なんだとっ、宮崎!お前が捨てたもんはお前が拾ってきやがれ!」

 宇野くんは激怒するけど、凛音は平然としている。

「やあよ。あんたのペンケース拾うと、停学か退学になるんでしょ。絶対嫌だ。」

 冷たく言い放った凛音の言葉に、クラスメイトが爆笑する。

「宇野、自分で拾って来いよ。俺も停学は嫌だからな。」

 誰かがニヤニヤして言うと、

「ちくしょうっ。覚えてやがれっ。」

 と宇野くんはブツブツ言いながら、教室を飛び出していった。

「凛音、ありがとう…。」

 私がもじもじとしながらお礼の言葉を口にすると、凛音は「別に。」とぼそっとつぶやいて、自分の席に戻った。その日最後の授業が終わると、凛音は私のところに近づいてきて、

「お茶、して帰ろうか。」

 と言ってきた。あの日、私が凛音を怒らせてから初めての、凛音の放課後の誘いだった。

「うん、ありがとう。」

 と私が言うと、凛音はさっさと後ろに行って、ロッカールームから自分のコートを取り出して着はじめたので、私も急いで支度する。

 二人して喋るでもなく、ただ、黙って並んで歩いた。凛音の表情は相変わらず硬くて、何を考えているかはわからなかったけど、友達と二人で歩ける久しぶりの幸せを、私は噛みしめていた。やがて、よく二人で利用したり、帆乃夏や他の子とも一緒に行っていたカフェについて、私と凛音はドリンクを頼んで、しばらく二人で向かいの席で黙り込む。

「あの……ごめんね、凛音。」

「何を私に謝ることがあるわけ?謝られるより、私、楓にはいろいろ相談してほしかったけど、別に楓はそんな必要無さそうだもんね。」

 突き放すような凛音の言葉に、私は再び沈黙する。

「なんで、楓は、なんにも私に話してくれないの?」

 怒ったように凛音は言う。

「あまり、自分のことを話すの、得意じゃなくて…。」

 私はぼそぼそと下を向いて言う。

「いつもそう、そうやって、自分の殻に引きこもっちゃって、肝心なこと、何にも話してくれない。楓、誰にもそうなの?」

 凛音はイライラしたように口にする。

「何から話せばいいのか分からないの。」

 私は途方に暮れて言うと、凛音はため息をついて言った。

「匠くんにね、昨日、言われたの。『いい加減、望月さんを許してあげたら』って。」

 私が絶句すると、凛音は私の顔を見て、静かに口を開く。

「匠くん言ってた。『望月さんて、学校中から謗られたり、あげく男に襲われた末、クラス中に無視されるとか、そこまで悪いことした人なの?』って。」

 天野くん……。私は涙が滲みそうになって、急いでココアを口にする。甘くてほろ苦い味が口中に沁み渡る。

「匠くん、こうも言ってた。『女の子って、そんな何もかも、根掘り葉掘り、話を聞きださないと友情って成立しないの?』って。『荒川とつきあうだけで、こんな大事になるんだから、そりゃ黙っていたくもなるでしょ、察してあげなよ、それぐらい。』って。」

 私は涙が抑えきれなくなって、ハンカチで目を押さえる。凛音は私の顔をちらっと見て、ストローでシェイクを飲んだ。そして、低い声で言う。

「匠くん、最近、全然元気ない。頼まれたらスケッチはしてるけど、自分からは全然、女の子に声かけないし、前みたいにポーズ取らせて褒めたりとかもしなくなった。どこか上の空。」

 凛音は言葉を続ける。

「それなのに、昨日、珍しく私に描かせて、って言ってきて、OKしたら、描きながら、延々、そんなことばっかり言ってくるのよ。楓の心配ばっかり。……ねえ、匠くんが元気を無くしてるのも、楓に関係あるんでしょ?それぐらい、私にもわかる。」

「私……。天野くんには迷惑かけてばっかりいるの。もう、私は傷つけるしかできないから、私に関わらなくていいのに。」

 私が涙声で言うと、凛音は再びため息をついた。

「見ていてほっとけないから、匠くんも手を差し伸べたくなるんでしょ?楓、全然幸せそうじゃないもん。」

 そうか……。天野くんは最初からそう言ってた。「あんたがもっと幸せそうにしていたら」って。だから、私も、タケルに向き合って、ちゃんと好きになろうって思っていたんだけど。それは簡単なようで、ずいぶん難しいことだった。私は黙りこくってココアを飲み続けた。

「幸せになれないと思う相手とは、どんな手を使っても、別れちゃってもいいと私は思うけど…。それでも楓が荒川くんと一緒にいるのは、なにか理由があるんだろうね。私にはわからないけど。」

 凛音はため息をついて、シェイクをすすった。

「別に今、何もかも話せって言ってるわけじゃないけど、どうしても困ってるときは、力になるから。……いきなり前みたいな関係には戻れないけど。」

 そう言って、凛音は先に店を出て行った。私はしばらく、カフェのテーブルから動くことができなかった。

 凛音に相談したいこと、いっぱいある。でも、何から言えばいいのか、整理がつかない。けれど、凛音に言ってもらえたこと、嬉しかった。お礼のメッセージを送る。

「話せるようになったら、聞いてほしい。」という言葉でしめくくったメッセージには、すぐ既読がついた。

「楓の決心がついたら、いつでも聞く。」

 凛音のメッセージは短いけど、とても力強かった。


  次の日から、クラスの雰囲気は少しずつ変わった。宇野くんは別として、あからさまな無視は少しずつ減って行った。特に放課後、遊びに誘われたりとか、そういうことは無いけれど、みんな、クラスメイトとして、普通に接して、喋ってくれる感じ。私はクラスでは、相変わらずいてもいなくてもいい、地味な存在であることには違いないけど、それで十分だった。

 タケルにお願いして、お昼は学食前で待ち合わせることにした。クラスでも、廊下でも、必要以上に注目を浴びたくない。タケルの条件は、タケルのくれたヘアピンを毎日前髪につけてくること、だった。

「冬の大会、冬休み入ったらすぐなんだけど、楓も見に来るよな?あんまり遠くもない体育館だし。」

 タケルに当然のように言われる。

「わかった、行くよ。……なにか準備したほうがいい?」

「別に、楓は来てくれるだけでいいよ。試合に必要なものは小松が持ってくるし。」

 タケルは当たり前のように言って、私の表情を見て笑う。

「なに、また小松に嫉妬してんの?そういうとこも可愛いけどな。」

 違う、嫉妬とかそういうことじゃない。タケルが何を考えてるか分からなくて、途方に暮れてるだけ。言えなくて、私は顔を伏せる。

 空き教室に行くと、タケルは私を膝に乗せて嬉しそうに言う。

「楓とつきあうようになって、俺、バスケのほうも絶好調。夏の大会はタイトル取れなかったけど、この冬は行けそうな気がするよ。MVPとタイトル、両方狙うわ。」

「そっか、すごいね、タケル。」

「楓は勝利の女神だよ。」

 そう言って、タケルは私の髪からヘアピンを取り上げて、自分で私の前髪を分けてまたピンを差し直す。タケルの指が額を這うのが、微妙な感触で、私は身を固くして、じっと我慢する。それが終わると、タケルはじっくりと観賞するように私の顔を見つめて、

「楓、好き。」

 と、にっこりと笑って、額にキスを落とす。

「痣、早く治って良かった。やっぱ楓はすっぴんのほうがいいな。メイクしてるのも可愛かったけど、やっぱり、あの頃のまんまがいい。」

 そう言って、唇にキスをする。長いキスを繰り返すうちに、だんだんタケルの息遣いが荒くなってくるのがわかる。

「な、楓の両親が帰国する日って、いつ?」

 キスが終わると、タケルにそうささやかれる。

「二十七日。」

 私が答えると、タケルは舌打ちする。

「ちょうど決勝の日じゃん。」

「夕方の便で帰るから、試合は見に行けるよ。」

「そういう意味じゃねえよ。」

 乱暴に言って、タケルは私の耳元に口を寄せる。

「早く楓の全部が欲しいのに…、間が悪いってこと。」

 私は身をすくませる。あの緑の部屋にタケルがやってきて、私がタケルに身を任せる?そんな日、永遠に来なければいいのに。 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ