第三十話 二人きりの同窓会がもたらす波紋
二人きりの同窓会は、十月に入っても続けられていた。ある時、タケルは、中学入学の時、校門で二人で撮ったという写真を見せてくれた。
「わあ、懐かしい…。」
私は写真に見入る。あの頃、自分が駆が好きだと自覚したころの、駆の写真。写真を隅々までじっくりと見て、私は笑う。
「こうして見ると、全然、駆はかっこ良くないね。タケルのほうは、もうなんだかモテそうなオーラ出てるよ?」
「そんなこと言って。駆しか目に入ってない楓が言っても、まったく説得力がないぞ。」
タケルにあきれられる。
「あははは、私、マニアックなのかな。」
私は空を向いて口を開けて笑う。
「やるよ、この写真。」
タケルに言われる。
「ほんとに?嬉しいな…。」
私は嬉しくなって写真を、そっと皺にならないように抱きしめる。
タケルとの思い出話は尽きない。クラスは違っても、林間学校、修学旅行、運動会、遠足。同じ空間を過ごしてきたから、共通の話題は多い。
「修学旅行で、お化け屋敷入った?」
タケルに聞かれる。
「あ、入った入った。あの天井からでろーんと舌が伸びてくる人形になめられて、友達とキャアキャア言ってた。」
「その舌を、何を思ったか、駆が思いっきり引っこ抜いて、上から人形が落ちてきてさ、ものすごくお化け屋敷のスタッフの人に怒られたんだ。」
「あー、駆だったら、そんなバカやりそう!」
そして、タケルの思い出の中には、いつでも駆がいる。やんちゃだった駆、イタズラばかりして怒られて、でも運動会ではヒーローだった駆。
五年生の時の林間学校では、夜中抜け出して、先生にすごく怒られたらしい。
「五年の担任は、とにかく体がデカくて、ゴリラに似てたから、俺ら、ゴリって言ってたんだけど、とにかくゴリに徹底的に怒られて、俺ら、朝は一番に起こされて、トイレ掃除させられたんだ。」
「あははは、覚えてる覚えてる。林間学校の帰り、すごく駆が眠そうにしてたもの。」
タケルも、私も、楽しい特別な時間、いつまでもそれがずっと続くと思っていた。けれど、世の中、そんなに簡単にはいかなかった。
水曜日、私とタケルが、屋上の、いつもの物置の屋根の上にいたら、突然、声がした。
「ねえー、私、屋上来るの初めてー。」
知らない女の子の声だった。
「俺も…だって、本来立ち入り禁止じゃね?」
男子の声もする。カップルが屋上デートに来たっぽい。
その瞬間、タケルは私の手を引いて、引き倒した。驚いて大声を上げそうにすると、タケルが「黙って。」とささやいた。
「ここに二人でいるの、見られたらまずい。楓は顔隠してて。」
そうタケルは小声で言って、私の顔を、タケルの広い胸に押し付けた。
「ねえー、こんなところに梯子かけてある。」
「へえ、俺、上がってみよ。」
男の子の声が近づいてきて、梯子をあがってくる気配がする。私はぎゅっと目をつぶる。梯子を背にしてるタケルは、ますます私の顔を胸に押し付けて隠す。私も、タケルのブレザーを両手でつかんで、タケルの制服で自分の顔を隠す。タケルの胸の音が聞こえてくる。ふいに、その胸が少しよじれる。タケルは後ろを振り返ったみたいだ。
「ごめん、俺、先客なんで。」
タケルが振り向いて、男の子に断りを入れているようだ。梯子を上がってきた男子は驚いたように、「あ、ごめん。」とそろそろと梯子を下りて行った気配が伝わってきた。
下で待っていた女の子が不思議そうに、
「どうしたの?誰かいたの?」
と、聞いている声が聞こえる。
「バスケ部の荒川がいた…。」
こそこそと小さな声がして、屋上の扉が、バタンと閉まった。大きなため息をついて、タケルは私を離した。
「ごめん。」
「ううん。」
とは言ったもの、なんだか気まずくて、タケルと顔を合わせづらい。結果的には、タケルと抱き合ってるみたいな姿を見られてるわけだし。
「来週は、場所、変えるか。」
ひとりごとのようにタケルが言ったけれど、私はそれに答えることができなかった。
その夜、私は太郎相手に相談する。
「ねえ、やっぱりもうこういうの、やめた方がいいよね?」
「なにが?」
「タケルに毎週会うっていうの…。」
「僕は別にかまわないと思うけど…。二人で会って、思い出話、してるだけでしょ?」
そう言って、くるりと太郎は宙返りする。
「ただ、タケルくんは、いやに楓のことを隠すよね。そこまで隠れて会う必要あるんだろうか、って思うけど。」
……タケルの気持ちは、痛いほど私にはわかる気がする。タケルが毎週のように私に会うのは、誰とも話せなかった駆の思い出を、私と話したいからだ。ただの小学校の同級生に、そんなに頻繁に会う必要はないもの。そして、タケルが私に会っていることをみんなに説明するってことは、駆のことを、みんなに話さないといけないってことで。
タケルは、もう嫌なんだ。駆のことをあれこれ他人に言われたり、詮索されたりすることが。だからこそ、地元を離れたのに。そして、それは、私も同じ気持ちだ。だから、私たちは、暗黙の了解で、誰にも内緒で、二人だけで会っていた。でも、それは、はたから見れば、とても不自然なことだ。
私はふうっとため息をついた。
「私、しばらくタケルに会うの、やめておくよ。」
「ふうん。」
太郎は空中で腕を組む。
「なんか、タケルくんも有名だから、大変そうだね。タケルくんがそこまで学校のスターじゃなきゃ、もっと自由がきいたんだろうけどね。」
「そうなんだけど、それは言ってもしかたないよ。バスケがんばってるタケルにそんなこと言ったら、かわいそうだよ。」
「そうなんだけどねえ。」
太郎は歯がゆそうにつぶやいた。解決法が見つからなくて、太郎と私は、ふたりで大きなため息をついた。
次の日、学校に行くと、そのことはもっと大きな騒ぎになっていた。
「ねえねえっ。バスケ部の荒川くんが、『水曜日の恋人』と抱き合ってる現場が、ついに押さえられたらしいよ!」
興奮気味にクラスメイトの女の子のひとりが、みんなに触れ回っている。
「へえー、ついに?相手は誰?」
「それは誰かまでは分からなかったって。荒川くんが隠してたから。」
「そうなんだー、マネージャーの小松さんも気が気じゃないね、だって、小松さんが本命彼女でしょ?」
女の子たちは、興奮でさざめいている。私は驚きで固まった。凛音はちらっと噂話に集まる女の子たちのほうを見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「別に荒川くんに恋人のひとりふたりいたところで、いまに始まったことでもないのにね。ああいう話題、好きだよね、みんな。」
「そうなんだ…。」
私は衝撃を悟られないように、なるべく平気なふりをして相槌を打つ。…凛音だって、本来はああいう話題が嫌いではないはずなんだけど、彼氏のライバルってことで、タケルのことはどうも敵視してるっぽい。
「それにしても『水曜日の恋人』ってなに?」
「ああ、荒川くん、水曜日の昼ごろからふらっといなくなって、バスケ部の練習時間まで姿を消すらしいから、その時間は女の子と会ってるんだろうって、みんな噂してた。」
…タケルが四時間目サボってる、っていうのは毎回私も気になってたんだけど、そのあとの午後の授業も目いっぱい出てないとか、私は知らなくてちょっと衝撃だった。いくらバスケ特待で特別視されてるからって、そこまで毎週、同じ授業を休んで大丈夫なんだろうか。
「ねえ…、水曜日の昼休憩、楓はいつも物理の先生のところに行ってるって言うけど、まさか楓が荒川くんの水曜日の恋人ってことは無いよね?」
不意に凛音に疑いを向けられて、私は自分で顔色が変わるのがわかる。
「ないない。私、午後の授業はちゃんと出てるよ?それに荒川くんと私、なにも接点ないし。」
「そうだよね…、ごめん、つまんないこと言って。」
凛音はため息をつく。
「どっちにしても、荒川くん、女の子はとっかえひっかえっていうか、そういう噂は絶えない人だし、真面目な楓には合わないよね。」
「私は誰とも、そんなふうにはならないってば。」
いつもの言葉を繰り返しながら、私は、この間のことを思い返していた。タケルは、必死で私の顔を隠そうとしてくれていた。そして、噂の相手が私だと気づかれないように、四時間目からずっと授業を休んで、アリバイまで作ってくれようとしていたんだ。
こんなこと、もうタケルのためにもやめなくちゃいけない。……それに、タケルの本命だって言う、小松さんていう女の子にも申し訳ない。彼氏が他の女の子とふたりきりで定期的に会うなんて、彼女もいい気がしないに決まってる。
私はふと、帆乃夏のほうを見やった。タケルのファンを公言している帆乃夏…。やはり、帆乃夏は噂話には加わらず、面白くなさそうな顔で頬杖をついていた。帆乃夏にも、申し訳ないことしてたんだな、私。ちくりと胸が痛んだ。




