第二十九話 「隣のデカ女」
水曜日、いつもの梯子を上がると、やっぱりタケルは寝転んでいた。
「いっつも四時間目、サボってるの?」
「あー、俺、授業は出たり出なかったり。とりあえず、バスケで結果さえ残してれば学校から文句は言われない。特に進学も考えてないし…。」
かったるそうにタケルは言う。
「ふうん…。」
「学校側としても、俺はただの広告塔みたいなもんだから、在籍さえしてくれてたら、それでいいんじゃないかな。」
「そうなんだ。」
うちは私立の高校だし、そういう面もあるのかもしれないけど、投げやりに生きてるみたいなタケルの言い方は、ちょっと気になった。
「前にさ、私に最初から気づいてたみたいなこと言ってたけど、なんで今になって、声、かけてくれたの?」
私は気になってたことを聞いてみる。
「んー、今だったら、大丈夫って思ったからかな…。俺も、楓も。」
「今だったら…。」
ぼんやりと、タケルの言葉を繰り返す。
「うん。」
タケルは寝転んだまま、片肘をついて、遠い空を眺めるような仕草をした。
「駆が死んだの、楓にとってはすごい大打撃だったろうけど、俺にとってもかなりショックでさ。」
「そっか。クラスがずっと一緒の親友だもんね。」
「あいつだけが死んで、なんで自分が生きてるんだろうって、毎日ふらふらになりながら、学校行ってた時期があった。楓のことはかなり噂になってたけど、俺だってショックでかいのにな、って思ってたこともあった。」
「そうだよね…。駆のことで、哀しいなんて、私だけじゃないはずなのに、あの頃の私、そんなことも全然考えてもいなかった。」
「それでも、やっと少しずつ立ち直るっていうか、あいつと一緒に始めたバスケなんだから、俺、がんばらなくちゃ、とか思うようになって、とにかくがむしゃらにバスケに打ち込むうちに、少しずつ、俺は駆のことを乗り越えられるようになって行ったと思うんだけど、中学の時のバスケの監督が、やたら駆の名前を出して、俺らを煽るんだよね。」
「なんて…?」
「『こんなプレイもできないのか、荒川。アイツだったらもっと簡単にやってた。恥ずかしくないのか、早川に。』とか言ってさ。」
「ひどいね…。」
「言われなくても分かってるよ、こんちくしょう、と思いながら、心の中で毒づきながら、俺、毎日練習してた。」
「そうだったんだね…。」
「あんたもそのうち転校して、みんな、だんだん駆のことも口に出さなくなって行って、少しずつ駆がみんなの中で思い出になっていく中で、一人、俺だけ監督に駆の名前を出してスパルタされてたんだ。」
「駆のことを、そんな風に利用するなんて、その監督最低だね。」
「……そうすれば、俺が死にもの狂いでやるって、…まあ、ある意味期待されてたんだろうけど、監督はとことんまで駆の名前を出して、煽って、俺をしごきにかかった。」
「………。」
私は黙ってタケルの言葉を聞いていた。
「辛かったけど、歯を食いしばって、俺、やった。駆が出来なかったプレイも、俺が代わりにやってやるんだ、って思って…。そのうち、試合に出られるようになって、学年で一番にレギュラーになって、二年になって、中心選手になって…それでも、監督は駆の名前を出すのをやめなかった。」
「うん。」
「そして、秋の大会の一番大事な試合で、俺がミスってリードを許した時に、インターバルで監督に怒鳴られた。『おまえ、そんなプレイして恥ずかしくないのか!早川に!お前のせいでこの試合落としたら、アイツに顔向け出来ないだろう!』って。」
「ひどい………。」
「それで、俺、とうとうキレた。『あんたに駆の気持ちの何がわかる。黙ってやって来たけど、もうあんたの下でやるのはたくさんだ、これ以上勝敗やバスケの練習に駆の名前を利用する最低な行為を続けるなら、俺はこの場でバスケを辞める』って言って、その試合、ボイコットして帰ってやった。」
「当然だよ……。」
「その晩、監督が謝りに来た。俺にも駆にも悪いことしたって。駆の名前を出せば、俺が面白いように伸びるからって、やめようと思ってもやめられなかったって、禿げた頭下げられた。俺、もう監督のこと大嫌いだけど、やっぱバスケは続けたかったし、今後一切、駆の名前を出さないっていう条件で、バスケ続けることにした。」
「そっか……。」
「それからはなんか、バスケ部でも腫物を触るみたいな扱いになっちゃったし、俺も地元に居づらくなって、三年になって、バスケ特待の話がこの学校から来たから、まあいいかって、駆のこと、誰も知らない遠くに来たら気楽かなって思って、ここに入学したらさ、楓がいて、正直びっくりした。」
「そうだよね。ごめんね。」
「なんで謝るの?……でもさ、楓もなんか暗いっていうか、中学入学したころの明るさとは違って、めっきり地味になってるし、やっぱ駆のこともあるのかな、と思って、触れられたくないかと思って、気づかないふりしてたんだ。」
「中学入学したころ、ってその頃から私を知ってるの?」
私は不思議に思った。タケルと私、クラスも違ったし、接点無かったよね。駆のことで噂になったから、駆が死んだあとで、私を知ったのかと思っていた。
「うん、俺、しょっちゅう駆のクラスに入り浸ってたからな。駆とずっと一緒にいたから、中学でクラスが離れたのが、落ち着かなくて。」
「そっか……、タケルも駆が大好きだったんだね。」
「楓とは、だいぶ、好きの意味が違うけどな。」
タケルはふっと笑って、皮肉気に言う。私はちょっと照れてあさってのほうを向く。
「あんまり駆は女子と喋ったりしなかったけど、楓とだけは喋ってたよな。楓は前髪のこの辺、ピンで留めて、嬉しそうに駆と喋ってた。」
タケルは、自分の額のほうを指差す。
「よく覚えてるね…。その頃、タケルそんなに毎日、うちのクラスに来てたんだ。全然覚えてないや。」
「あんたは駆しか目に入ってなかったからな。」
そう言われて、私は赤面する。
「そんなにわかりやすかったか、私。」
「うん。」
タケルに静かに笑われる。
「駆、……なんか私のこと、言ってた?」
「あー…これ言ったら、楓、怒るかな?」
タケルはうつむいてクックと声を立てて、ひとり思い出し笑いをした。
「なに?怒んないから言ってよ。」
「そうか?怒るなよ?……小学校の頃から、駆、楓のこと『隣のデカ女』って言ってた。」
「なっ。」
私は目を見開く。
「ひどいっ!駆!」
私が怒りで身を震わせると、タケルが爆笑した。
「やっぱ怒った。予想通り。」
「駆、そんなこと思ってたんだ…。」
私はがっくりと肩を落とした。そこにタケルがかぶせてくる。
「駆、時々言ってた。『隣のデカ女はおせっかい』とか、『この宿題、わかんないから隣のデカ女にやらそう。デカ女、足は遅いけど勉強はできる』とかさ。」
「私、別にデカくもないし、足も遅くないからね!あの頃の駆がチビで、足が速かっただけじゃん!なによ全部自分基準でさ!」
「俺に怒るなよ…。でさ、小学校の時は、俺は、全然楓のこと知らないから、駆の話だけ聞いて、サザエさんに出てくる花沢さんみたいな女子を想像してたんだよね、世話焼きで出しゃばりで、豪快な感じの女子。」
「別にタケルにどう思われようといいけどさ…、駆はひどいね。」
私はふくれて、横を向いて膝を抱える。
「中学になって、初めて楓のこと見たけど、最初の先入観とはだいぶ違って、普通の女の子だったよ、だから気にするなって。」
タケルはにやにやしながら、一応慰めてくれる。けれど…。
「やっぱり、私の片思いだったか…。」
私は膝を抱えて、ため息をつく。私のことを、駆も好きでいてくれてるような気がしてたけど、やっぱり勘違いだったのかな…。
「でも、片思いでもいいから、やっぱりちゃんと告白したかったな…。」
私は空を見上げる。少し涼しくなってきた秋の風が、頬に触れて心地よい。
「……でさ、最初の話に戻るんだけど、俺がなんで楓に今、声をかけたかって言うとさ。」
「うん。」
「俺も、地元から離れて、ちゃんと駆のことを整理して、落ち着いてアイツのこと思い出せるようになった。写真をお守り代わりに持ち歩けるようになったのも、割と最近。写真見るのもつらかった時期があったから。」
「そっか。」
「今は、駆の写真が無いと試合に勝てない気がするぐらい、大事なものになったけど、なんか、この間、あの頃と同じ髪型にして、始業式でさばさば笑ってる楓見たら、楓もやっとそう言う風に思えるようになったんじゃないかって思って、声をかけてみた。」
「そっか…ありがとう。」
「ありがとう……て何?」
「駆のことと、私のこと、覚えててくれて。…私はタケルのこと、気づけなくてごめんね。」
「ほんとだよ…。」
タケルはまた、静かに笑った。
それから、私たちは少し遅くなったお弁当を食べた。
「今日は、ちょっとだけだけど、あまったおかずをタッパーに詰めてきたよ。食べて。」
私は中くらいのタッパーをタケルに渡す。
「ほんと?すげえ嬉しい。こないだもらったおかずも旨かったもんな。」
タケルは嬉しそうにタッパーを受け取る。
「ごめんね、可愛い弁当箱とかじゃなくて。」
私は笑うと、タケルは、
「中身がメッチャ豪華だから、全然こっちのほうがいいよ。…これ何?鶏からっぽいけど、なんかネギだれみたいなのがかかってる。」
「油淋鶏、最近レシピ習ったの。忘れないうちに作ってみた。」
「そっか、……めちゃくちゃ旨い。こういうの学食でも寮でもなかなか食えないから、貴重だわ。」
タケルは、おにぎりと一緒に、あっというまにタッパーの中身を平らげていく。気持ちいいぐらいの食欲を見たら、私もなんだか嬉しくなってきた。
天野くんに習った料理を、タケルが食べてるとか、なんだか不思議すぎる感じなんだけど、まあ、美味しそうに食べてもらえるなら、いいか。
お弁当を食べ終わって、梯子を降りようとすると、タケルに、
「また、来週も来てよ。」
と名残惜しげに言われた。私は笑ってうなずいた。




