不老不死③
馬鹿な話だが、務めを果たす為に、秦の都、咸陽を目指し歩き続けていた。
坂道を登っても疲れないし、寝る必要もないので、一日中、歩くことができた。家や壁は通り抜けることができた。驚いたことに、川の水面さえ歩いて渡ることさえできた。
函谷関を超える頃には、歩くことに意味がないことに気がつき始めていた。その気になれば、多分、空を飛んで行くことが出来るだろうが、高毅はまだ人の世を漂っていたかった。だから、街道を歩き、街から街へと渡り歩いた。
やがて、咸陽の街に着いた。
阿房宮はほとんど完成していた。幅三キロ、奥行きが五キロにも及ぶ壮大な宮殿だ。天を圧するように宮殿がいくつも建てられている。これが天下統一を成し遂げた秦の都だ。都を訪れた者は、誰もがその威容に驚嘆した。
磁石門を潜る。門というより、巨大な建物だ。
百官が勢ぞろいできる広大な広場が広がり、前殿が聳え立っている。まるで小山だ。
前殿へと登壇する。
阿房宮の核心となる建物で、一万人が座ることができると言われた巨大な宮殿だ。顔馴染みの官吏がいた。高毅は彼らに声をかけ続けたが、高毅の言葉は彼らに届かない。高毅の体をすり抜けて行ってしまう。
半日、声をかけ続けたが、誰も反応してくれなかった。あきらめて高毅は柱の側に蹲った。やがて、官吏が次々と退廷して行き、警護の兵以外、誰もいなくなってしまった。
高毅は腰を上げ、奥へ進んだ。
宮殿の中に巨大な池がある。蘭池だ。その湖畔に壮麗な宮殿が建てられている。蘭池宮だ。始皇帝の寝所だ。前殿にいなければ、ここに始皇帝がいるに違いない。
寝所といっても宮殿だ。いくつも部屋がある。始皇帝にも数多くの皇妃がいた。皇妃の数だけ、いや、皇妃の数以上に部屋があった。
人だった時のくせで、ついつい廊下を歩いてしまうが、壁を通り抜けることだってできる。壁をすり抜けながら部屋を渡り歩いていると、ついに始皇帝の寝所に行き着いた。
始皇帝はすやすやと寝息を立てながら寝ていた。
「陛下、陛下。高毅でございます。陛下の命を受け、不老不死の術を会得した仙人を求め、旅して参りました」
始皇帝の耳元で囁くと、「うむ。そうか」と寝言を言って頷いた。
通じた。陽炎のような存在となって、初めて人と話をすることができた。ひょっとして、寝ている人間とならば、話をすることが出来るのかもしれない。
「陛下、陛下。見つけましたぞ。不老不死の術を会得した仙人を」
「おおっ! でかした」
「泰山の麓、延吉という村に程近い山中に千年方士と呼ばれている仙人がおります。その千年方士が不老不死の術を会得しております」
「泰山の麓! 千年方士とな。高毅よ。そなたの話が誠ならば、郎中令に取り立ててやろう」
郎中令は宮殿警護を司る要職だ。
「ありがたき幸せ」と言ってみたものの、陽炎のような存在にとっては、現世の栄達など、何の意味もなかった。
「陛下、陛下。実は私、陽炎のような――」と現在の身の上について、始皇帝に訴えたが、始皇帝は寝息を立てるだけで、何も答えてくれなかった。




