不老不死④
翌朝、始皇帝は目覚めると宦官の趙高を呼ぶと、「泰山へ行く。準備をしろ」と命じた。
四度目となる天下巡遊だ。天下統一後、既に三度、始皇帝は皇帝の権威を誇示し、各地域の視察及び祭祀の実施を目的とした地方巡遊を行っていた。
旅立ちの理由について、聞く必要などなかった。
趙高は直ぐに支度を始めた。
五年振りの地方巡遊だった。始皇帝は、末子の胡亥と左丞相の李斯を連れて、巡遊の旅に出た。
始皇帝が寝てしまえば、話をすることができる。高毅は一行について都を出た。
夜な夜な、始皇帝が仰臥する特別仕様の馬車に忍び込み、始皇帝に話しかけた。だが、あれ以来、始皇帝は何も答えてくれなかった。
たまに「ああ」だとか「うん」だとか寝言を言う時があるのだが、朝になれば高毅の言ったことなど、何も覚えていない様子だった。
平原津まで来た時、始皇帝は病を発した。筋力が低下し、歩けなくなった。嘔吐を繰り返し、呂律が回らなくなり、ついには呼吸が怪しくなった。
「陛下、私は陛下の命を受け、不老不死の術を会得した仙人を探して、各地を旅しました。今、陛下の望みをかなえることができる方士を探し出し、こうして方士のもとにお連れしようとしています。どうか、お気を確かに。今しばらくの辛抱でございます。そして、方士にお会いなされた時に、方士に私を元の体に戻すようにお命じください」
高毅は昼夜を分かたず、始皇帝の耳元で囁き続けた。
一度、始皇帝は目を開けた。そして、高毅の顔を見た。高毅の姿が見えているようだった。始皇帝は何か言おうと、口を動かしたが、声にならなかった。
始皇帝は目を閉じた。
沙丘の平台にて始皇帝は崩御した。
始皇帝を看取った高毅は馬車の中で慟哭した。突っ伏して大声で泣いた。だが、その声が外に漏れることはなかった。
「天下は再び、動乱の世となるかもしれない。良いか。我々が咸陽に帰りつくまで、陛下が死んだことは誰にも漏らしてならない。分かったな」
丞相の李斯の命により、その死は伏せられ、馬車は咸陽を目指して動き出した。
高毅は一行と別れ、馬車を見送った。
(これから、どうすれば良いのか?)
その疑問が頭の中を渦巻いていた。
風雲は急を告げていた。




