表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
8/43

整えていく日々

 やめる、と決めた日から。

 すべてが楽になったわけじゃなかった。

 むしろ——逆だった。


 手が、落ち着かない。

 仕事中でも、ふとした瞬間に指先が動く。

 何かを探すように。

 存在しないタバコに手が伸びる。


 途中で止める。

(違う)

 これを何度も繰り返す。



 夜。

 眠れない。

 目を閉じると、音が蘇る。

 光や数字に襲われる。


 揃う瞬間の感覚。

 体が覚えている。


(やめろ)

 布団の中で、何度も言い聞かせる。

(もういいだろ)

(少しくらいなら)

 甘い声が、何度もささやく。



 それでも。

 朝になる。

 出勤する。


 同じ一日を、繰り返す。

 それを、続ける。

 ただ、それだけ。


 変化は、ゆっくりだった。


 仕事でミスが減る。

 上司に、名前を呼ばれる回数が増える。


「最近、ちゃんとしてるな」

 その一言に、少しだけ戸惑う。


 前なら、何も感じなかった。

 でも今は。

 胸の奥に、わずかな手応えが残る。

(……悪くない)

 小さく、思う。



 帰り道。

 誰かと飯を食べる。

 どうでもいい話をする。


 笑う。

 それだけのことが、少しずつ増えていく。


 気づけば。

 夜が、長くなくなっていた。

 眠れる日が、増えていた。



 ある日。

 ふと、立ち止まる。

(……なんで)


 考える。

 どうして、最初からこうできなかったのか。


 ほんの少し、我慢するだけでよかった。

 ほんの少し、踏みとどまるだけで。

 それなのに。


 あのときの自分は、それができなかった。

 頭の奥に、影がよぎる。


 小さな手。

 視線。

「……」

 言葉にはしない。

 ただ、目を閉じる。


 そして、ゆっくりと息を吐く。

(……今は)


 空を見上げる。

 雲が、ゆっくり流れている。

 何も特別じゃない景色。

 それが、確かにそこにある。


(ここにいる)

 その事実が、静かに胸に落ちる。

 誰に聞こえるでもなく。


「……ありがとう」

 小さく、呟く。

 神様に向けてか。

 それとも——


 もう一度与えられた時間に向けてか。

 自分でも、よくわからなかった。


 ただ。

 この日々が、続けばいいと思った。

 

 それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ