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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
7/43

少しずつ変える生活

 財布を開く。


 中身を、ひとつずつ確認する。

 紙幣。

 硬貨。

 レシート。

 机の上に並べる。


「……3万8千円」

 小さく、声に出す。

 給料日から、まだ数日。


 前なら、もう半分は消えていた。

 指先で、レシートをなぞる。

 食費。

 日用品。

 交通費。


 無駄は、ない。

(……こんなもんか)


 拍子抜けする。

 もっと窮屈だと思っていた。

 我慢している感じがすると思っていた。


 でも。

 思ったより、静かだった。

 財布を閉じる。

 ポケットにしまうと、少しだけ軽い。


 けれど——

 どこか、安心する重さだった。


 帰り道。

 ある店の前で、足が止まる。

 淡い光。

 騒がしい音。

 見覚えのある入り口。


 胸の奥が、わずかにざわつく。

(……入るだけなら)

 一歩、踏み出しかける。

 止まる。


(違う)

 ゆっくりと、息を吐く。

 視線を外す。

 そのまま、通り過ぎる。

 何もなかったように。


 でも。

 背中に、何かを置いてきたような感覚が残る。

(これでいい)

 心の中で、繰り返す。



 家に帰る。

 テレビをつける。

 どうでもいい番組を流す。


 それだけの夜。

 でも、不思議と——

 落ち着いていた。




「田中、最近つき合い悪くないか?」

 同僚が、軽く笑いながら言う。


「まあな」

 短く返す。


 前なら、ここで話を合わせていた。

 流されるままに、ついていった。


 でも今は、違う。

 無理に合わせる必要はない。


「代わりにさ」


 少しだけ考えて、言う。

「飯でもどうだ」

「……飯?」

「ああ。普通に」


 一瞬会話が途切れる。


 それから、同僚が笑う。


「なんだよ急に」

「たまにはいいだろ」

 自分でも、少しだけ不自然だと思う。

 でも——

 これでいい。


 店は、安い定食屋だった。

 特別なものは何もない。


 でも。

「うまいな、これ」

 そんな一言で、場が和む。


 くだらない話。

 仕事の愚痴。

 どうでもいい冗談。

 何も特別じゃない。


 なのに。

 心が、少しだけ軽くなる。

(……こんなだったか)


 思う。昔も、こういう時間はあったはずなのに。いつからか、全部“退屈”に見えていた。



 帰り道。

 同僚が手を振る。

「じゃあな、またな」

「ああ」

 それだけのやり取り。


 でも。

 どこか、温かい。

 夜風が、やさしい。



 勇は、ゆっくりと歩き出す。

 特別じゃない一日。

 それが、少しだけ大切に思えた。


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