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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
42/43

終わり

 風が、まだ吹いていた。

 崖の縁。

 その先には、もう何もない。

 さっきまで、そこにあったはずのものも。

 手を伸ばせば、届きそうだったものも。


  すべて落ちていった。

 音もなく、何も残さず。

 勇は、しばらく動けなかった。

 ただ、立っている。

 何も考えられないまま。

 視線だけが、崖の下へ向いている。


 暗い、何も見えない。

 どれだけ目を凝らしても。

 何も返ってこない。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。

 胸の奥に、重いものが沈んでいる。

 痛みとも違う。


 ただ、確かにそこにある。

 振り返る山の奥。

 あの場所。掘り返された土。

 そこに、残されているもの。

 もう、確かめる必要はなかった。

 すべては、わかっている。

 すべては、自分がやったことだ。

 逃げ場はない。

 それでも、ふと浮かぶ。


 朝の光。

「おかえり」と言う声。

 小さな手、笑い声。

 あの時間。

 何気ない日々。

 それは、確かにあった。

 自分の手の中に。


 初めて。

 “家族”というものがあった。

 知らなかったものを、与えてくれた。

 それだけは、嘘じゃない。


 目を閉じる。

(……ありがとう)

 誰に向けたのかは、わからない。

 それでも、確かに思った。

 あの時間を、あの場所を。

 与えられたことを。


 そして。

(……すまない)

 小さく、呟く。

 届かない相手に、言えなかった言葉。

 最後まで、言えなかったこと。

 それだけが、胸に残る。

 風が、強くなる。

 身体が、わずかに揺れる。

 それでも。

 もう、迷いはなかった。

 一歩、前へ。


 足元が、消える。

 身体が、浮く。

 風が、全身を打つ。

 落ちていく。

 暗闇の中へ。


 その瞬間、思い出すのは。

 泣き顔でも、叫びでもなく。

 笑っていた顔だった。

 やわらかな光の中で。

 ただ、笑っていた。

 それだけだった。


 音が、消える。

 山は、静かだった。

 風が、木々を揺らす。

 それだけが、続く。

 変わらない何も。


 そこにあったものだけが。

 もう、どこにもなかった。

 それでも、確かに。

 あのとき、あの場所で。

 わたしの手の中に、あった。



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