止める
“自分”の手が、布を引き上げる。
土が、崩れる。
その下。
暗い影。
そして。
——髪。
土にまみれて、それでもわかる。
やわらかい色。
見慣れているはずの質感。
肩にかかるくらいの長さ。
光を受ければ、きらきらしていたはずのもの。
それが。
そこに、ある。
動かないまま。
「……やめろ」
今度は、声になった。
かすれている。
それでも。
はっきりと出た。
“自分”の動きが、止まる。
ゆっくりと。
首だけが、動く。
こちらに。
振り向く。
顔が、見える。
——同じだ。
年齢も。
表情も。
目の奥の、濁りも。
全部。
同じ。
過去の自分が、そこに立っている。
数秒間、何も起きない。
ただ、見合っている。
音が、消える。
風も、止まる。
時間が、引き伸ばされる。
「……なんだ、お前」
先に口を開いたのは、“過去の自分”だった。
警戒している。
でも。
まだ、気づいていない。
勇は、息を飲む。
喉が、焼けるように乾く。
それでも。
言葉を絞り出す。
「……それを、離せ」
視線は、手元。
あの髪。
あの存在。
そこから、離せない。
「……なんでだよ」
“自分”が、わずかに眉をひそめる。
苛立ち。
理解できないものを見る目。
その表情も。
覚えている。
昔の自分が、よくしていた顔。
「……見られたんだ」
ぽつりと、言う。
「顔をな」
その言葉で、すべてが確定する。
逃げ場が、消える。
勇の体が、わずかに前に出る。
「違う」
即座に、否定する。
震える声。
「それでも、殺す必要はない」
“自分”の目が、細くなる。
明らかに、警戒が強まる。
「……なんで、お前がそんなことわかる」
当然の疑問。
その距離が、一気に縮まる。
勇は、答えない。
答えられない。
代わりに。
もう一歩、踏み出す。
「やめろ」
今度は、はっきりと言う。
「それを離せ」
低く。
押し殺した声。
懇願に近い。
“自分”は、少しだけ笑う。
乾いた笑い。
「……うるせえな」
その一言。
あまりにも、覚えがある。
昔の自分の声。
そのまま。
「邪魔すんな」
そう言って。
再び、手に力を込める。
その瞬間。
勇の中で、何かが切れる。
「やめろ!!」
叫びながら、踏み込む。
距離が、一気に詰まる。
手を伸ばす。
掴む。
ぶつかる。
ふたりの“自分”が、同時に動く。
すべてが、ぶつかる。
過去と。
現在と。
逃げてきたものと。
向き合うしかないものが。
ひとつに重なった。




