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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
39/43

まだ見ている

 勇は、動けなかった。

 一歩、踏み出したはずなのに。

 それ以上が、続かない。

 足が、地面に縫い付けられたみたいに重い。

 

 目の前で。

 “自分”が、土を掘っている。

 しゃく、しゃく、と。

 鈍い音、土をかく音。

 一定のリズム。

 迷いがない、躊躇もない。

 ただ、作業を続けている。


(……やめろ)

 でも、声は、出ない。

 喉が、閉じている。

 息だけが、浅く漏れる。

 “自分”の肩が、上下する。

 呼吸の動き。

 汗で、シャツが少しだけ張り付いている。

 首筋の見慣れた形。

 鏡で、何度も見た。

 そのはずなのに。


 今は、まるで他人みたいに感じる。

 いや、他人であってほしいと思っている。


 “自分”は、何も言わない。

 ただ、掘る。

 何かを確かめるように。

 土をどける。

 手で、触れる。

 また、掘る。

 その動きに、無駄がない。

 すでに知っている動き。


 何度も、頭の中で繰り返した記憶。

 あの夜。

 あの場所。

 あの感触。

 すべてが、目の前で再生されている。

 違うのは。

 それを、外から見ているということだけ。


 勇の手が、わずかに震える。

 視線を落とす。

 自分の手。

 同じ形。

 同じ指。

 同じ傷。

 そして。

 目の前で動いている手も。

 まったく同じだった。


(……やめろ)

 もう一度、思う。

 今度は、少しだけ強く。


 それでも、足は動かない。

 目だけが、離れない。

 “自分”が、ふと手を止める。

 動きが、止まる。

 空気が、張り詰める。


 風の音が、消えた気がする。

 時間が、伸びる。

 そのまま。

 ゆっくりと。

 “自分”が、顔を上げる。

 まだ、振り向かない。


 何かに気づいたような気配。

 わずかに、首が動く。

 こちらに。

 ほんの、少しだけ。

 呼吸が、止まる。


(……気づいた)

 逃げたい。

 でも逃げられない。

 ここまで来て。

 見てしまって。

 もう、戻ることはできない。

 そのとき、土の中から、何かがのぞく。


 布。

 淡い色。

 見覚えのある色。

 ピンク。

 胸の奥が、強く締めつけられる。

 視界が、揺れる。


 目を逸らせない。

 “自分”は、それに気づいている。

 ゆっくりと、手を伸ばす。

 触れ、掴む。


 そして——

 土の中から、引き上げる。

 その瞬間。

 すべてが、繋がる。


 理解が、逃げ場をなくす。

 否定が、崩れる。

 勇は、息を飲んだ。

 もう、見ているだけではいられなかった。


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