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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
38/43

近づいているもの

 山の奥は、思っていたより暗かった。

 木々が、光を遮っている。

 昼のはずなのに、夕方みたいに薄暗い。

 足元の土は、湿ってい歩踏み出すたびに、靴の裏にまとわりつく。

 ぬるい感触が気持ちが悪い。それでも、足は止まらなかった。


(……ここだ)

 理由はない。

 でも、わかる。この先にある全てが。

 風が吹き枝が揺れる。

 ざわ、と音がする。

 その音に、反応してしまう。


 肩が、わずかに強張る。

 静かすぎる。鳥の声も虫の音もない。

 ただ、自分の足音だけが、やけに大きく響く。


 踏み止まる。

 また踏む。

 その繰り返し。

 ふと、足が止まる。


 何かを感じた。

 音じゃない気配を。

 視線のようなもの。

 背中に、じわりと張りつく。


(……いる)

 確信に近い感覚。

 間違いなく誰かがいる、この先に。

 喉が、乾き呼吸が、浅くなる。


 それでも目を逸らさない。できない。

 逃げない。ここまで来て、戻るわけにはいかなかった。


 また、一歩踏み出す。

 枝をかき分ける。

 視界が、少し開ける。


 そこは——

 わずかに、空間が抜けていた。

 木が少ない。

 地面が、露出している。

 そして、その中央に人影。


 背を向けて、立っている。

 距離は、少しある。

 顔は、見えない。


 でもわかる。

 立ち方。

 肩の高さと体の線。

 見覚えがある。

 見すぎるほどにある。

 呼吸が、止まる。

 心臓が、大きく鳴る。


(……あれは)

 言葉にする前に。

 理解が、追いつく。

 否定が、間に合わない。

 その人影が、わずかに動く。

 足元に、何かがある。


 土。

 掘られている。

 その仕草、手の動き、かつての。

 あまりにも、覚えがあった。

 忘れたことなんて、一度もない。


 あの夜。

 同じことをした。

 同じ場所で。

 同じように。


「……やめろ」

 声が、漏れる。

 小さくて届かない。

 それでも、止めなければいけないと。


 足が、動く。

 一歩、また一歩。

 近づき、距離が、縮まる。

 背中が、はっきり見える。


 服、体格、すべて。

 確信に変わる。


(……俺だ)

 否定は、もうできなかった。

 過去の自分が、そこにいる。


 そして——

 すべてを、繰り返そうとしている。

 勇は、息を飲んだ。


 ここから先。

 もう、戻れない。

 それだけが、はっきりしていた。


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