言葉の刃
夜になっていた。
部屋の明かりはつけたまま。
何もしていないのに、時間だけが過ぎていく。
時計の音が、やけに大きい。
秒針が、耳に残る。
そのとき、電話が鳴る。
知らない番号に、一瞬迷う。
でも出てみる。
「……もしもし」
「勇くんですか」
年配の声。
すぐにわかる。
美咲の父だった。
「……はい」
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感が、形になる。
「……咲は、まだ見つからん」
その言葉が、重く落ちる。
「……そう、ですか」
うまく反応できない。
現実に、ついていけていない。
そして続く言葉。
「それでな……」
声が、わずかに詰まる。
ためらい。
言いたくないものを、言おうとしている。
それが、わかる。
「……美咲が」
息が、止まる。
「いなくなった」
頭の中が、真っ白になる。
「……は?」
理解が追いつかない。
言葉の意味が、現実にならない。
「さっきまで家にいたんだ」
震える声。
「でも……気づいたら……」
続かない。
それで、十分だった。
すべて、伝わる。
電話を握る手が、震える。
(……俺が)
浮かぶ、さっきの会話。
あの言葉、あの声。
泣いていた。
謝っていた。
それでも受け入れていた。
美咲が消えた。
息が、詰まる。
視界が、揺れる。
何も言えない。
言葉が出てこない。
ひとつだけ。
はっきりしているのは。
とうとう全てが壊れた、完全に。
勇は、受話器を持ったまま立ち尽くす。
もう戻る場所は、なかった。




