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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
35/43

失う日

 電話は、毎日かけていた。


「……もしもし」

 呼び出し音のあと、聞き慣れた声。

「咲は……元気か」

 それだけを聞く。

「はい。学校にもちゃんと行ってます」

 美咲の声は、変わらない。

 やさしいまま。

 でも、どこか距離がある。

「……そうか」

 それだけで、通話は終わる。


 それ以上、踏み込めない。

 資格がないと、わかっている。

 それでも、その声を聞くだけで、少しだけ救われていた。

 そんな日々が、続いていた。


 ある日、電話が鳴る。

 珍しく、向こうからだった。

 嫌な予感がした。

 急いで受話器を取る。

「……もしもし」

 返事は、すぐには来なかった。


 代わりに——

 荒い呼吸。

「……咲が」

 震えた声。

「いないんです」

 一瞬、意味がわからない。

「……は?」

「学校から帰ってきて……そのあと……」

 声が途切れる。

 泣いている。

「……いなくなって」

 頭の中が、真っ白になる。

 意味が、繋がらない。

 電話を握る手が、震える。


 妙に長い沈黙。

(……なんで)

 浮かぶ。


 でもすぐに形を変える。

「ちゃんと見てたのか」

 口から出ていた。

 冷たい声。

 向こうで、息が止まる。

「……え」

「ひとりにしたんだろ」

 止まらない。

「目、離したんじゃないのか」


 わかっている。

 でも、責める口調を止められない。

 頭のどこかで、叫んでいる。

 やめろ、と。

 それでも。

 言葉は止まらなかった。


「……ごめんなさい」

 美咲の声。

 震えている。

「私が……私が……」

 嗚咽。

「私が、ちゃんと見ていれば……」

 胸の奥が、強く痛む。


 違う、そうじゃない。

 本当は、わかっている。

 原因は、自分だ。

 それでも美咲には言えない。

 認めたくない。


 だから押しつけている。

 通話は、途切れた。

 無音。

 勇は、受話器を持ったまま動けなかった。

 耳の奥に、声が残る。


 震え。

 謝罪。

(……俺が)

 喉が詰まる。

 さっきの言葉が、何度も繰り返される。

 あの声。

 あの言い方。

 知っている。

 昔の自分だ。

 逃げるときの声。

 押しつけるときの声。

「……違う」


 否定する。

 でも否定しきれない。

 部屋は静かだった。

 時計の音だけが響く。

 時間が、進む。

 止まらない。


(……探さないと)

 でも動けない。

 足が、重い。

 その時、ふと頭に浮かぶ。

 山。

 そう、あの場所。

 あの夜。

 土の感触。

 手の中に残る記憶。

 消えないもの。

 息が、止まる。


(……違う)

 強く否定する。

 それを繋げてはいけない。

 考えてはいけない。

 でも、頭は勝手に繋げる。

 咲とあの場所。

 時間、一本の線になる。

 心臓が、大きく鳴る。


 (……行けば)

 そこまで考えて。

 思考が、途切れる。

 行けば、わかる。

 全部、何が起きたのか。

 自分が何をしたのか。

 それが、はっきりしてしまう。

 取り返しがつかない形で。

 確定してしまう。


「……行けるわけないだろ」

 小さく、呟く。

 足が、動かない。

 動かしたくない。

 そこへ行くことが。

 終わりだと、わかっていた。

 だから動けない。

 

 代わりに電話を取る。

 警察に連絡する。

 情報を聞く。

 動いているふりをする。

 やるべきことを、なぞる。

 それで、考えないようにする。

 あの場所を、あの夜を。

 過去の自分を見ないようにする。


 それでも頭の奥では、ずっと同じものが、残り続けていた。 逃げられないものが。

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