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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
31/43

神社での違和感

 石段を、一段ずつ上る。

 空気が、少し違う。

 街の音が、遠ざかっていく。

 代わりに、風の音と。

 どこかから聞こえる鈴の音。

 人も、そこそこいる。


 家族連れ。

 カップル。

 ひとりで来ている者。

 みんな、それぞれの願いを持っている。

 勇も、そのひとりだった。


 手水で手を清める。

 水の冷たさが、指先に残る。

 ゆっくりと、本殿へ向かう。


 賽銭箱の前。

 立ち止まる。

 ポケットから小銭を取り出す。

 音を立てて、投げ入れる。

 鈴を鳴らす。

 目を閉じる。


(……頼む)

 言葉は、はっきりしている。

(このまま、何も変わらないでくれ)

 それだけ。


 やり直しも、救いもいらない。

 ただ、このままでいい。

 それだけを、願う。


 深く、頭を下げる。

 しばらく、そのまま動かない。


 静寂。

 何も返ってこない。

 当然だ。


 それでも。

 どこかで、期待していた。

 何かが変わることを。


 顔を上げる。

 その時視界の端に、何かが映る。


 小さな影。

 境内の端に誰かが立っている。

 ——子ども。


 自然と、視線が引き寄せられる。

 肩くらいの髪が風に揺れる。

 陽の光を受けて、きらきらと輝く。

 薄い色の服、どこか見覚えがある。


(……まさか)

 胸の奥が、強く鳴る。

 一歩、踏み出し近づく。


 でも、距離は、なかなか縮まらない。

 その子は、こちらを見ていない。


 ただ、木の根元を、じっと見つめている。

 同じ場所。

 同じ視線。

 どこかで見た光景。


 頭の奥が、ざわつく。

「……おい」

 声をかける。


 子どもが、ゆっくりと振り返る。

 目が合う。

 その瞬間。

 息が、止まる。


 ——同じだ。

 あのときの咲と。

 そして、あの夜の。

 まっすぐな視線と。


「……どうしたの?」

 子どもが、首をかしげる。

 その声は咲ではない。

 違う、違うのに。

 重なる完全に。


 逃げ場が、なくなる。

 勇は、何も言えない。

 ただ、その場に立ち尽くす。


 子どもは、少しだけ考えてから。

 木の根元を指さす。

「ここ、あるよ」

 静かに言う。

「穴」


 心臓が、強く打つ。

 視線が、その場所に落ちる。

 何もない。

 ただの土。

 ただの影なのに。


 頭の中で、何かが弾ける。

 土と暗闇。

 冷たい感触。

 ——埋めた。


「……っ」

 息が、乱れる。

 視界が、揺れる。

 子どもは、もうこちらを見ていない。

 何事もなかったように、その場を離れていく。

 人混みの中に、消えていく。


 取り残される。

 勇は、その場から動けなかった。

 足が、重い。

 呼吸が、浅い。


(……思い出した)

 はっきりと繋がった。

 全てが。


 もう、誤魔化せない。

 疑念ではない。

 これは確信だった。


 それでも、口には出せない。

 出した瞬間。

 すべてが終わる。

 勇は、ゆっくりと後ろに下がる。

 神社の空気が、やけに冷たく感じた。

 祈りは、届かなかった。


 いや——

 最初から、答えはそこにあった。

 ただ、自分が目を逸らしていただけだった。



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