言い聞かせる
もう、わかっている。
いや——
わかりかけている。
繋がり始めたものを、見て見ぬふりをしているだけだ。
咲の言葉。
咲の視線。
あの夜の記憶。
点だったものが、線になり始めている。
(……違う)
頭の中で、すぐに打ち消す。
それ以上は、考えない。
考えた瞬間、すべてが壊れる。
家族。
今の生活。
全部失う。
それだけは、はっきりとわかっていた。
夜、リビング。
美咲と咲が、並んで座っている。
テレビを見て、笑っている。
何気ない会話。
何気ない時間。
その光景が、あまりにも自然で。
あまりにも、温かい。
勇は、少し離れた場所からそれを見ている。
胸の奥が、締めつけられる。
(……守る)
強く思う。
この時間を。
この場所を。
壊さない。
壊させない。
そのためなら。
何でもいい。
たとえ自分が壊れても。
(……俺が、耐えればいい)
それだけだ。
自分が、飲み込めばいい。
考えなければいい。
気づかなければいい。
それで、この日常が続くなら。
それでいい。
それが、正しいはずだ。
そう言い聞かせる。
何度も。
何度も。
繰り返す。
「パパ?」
声がする。
はっとして顔を上げる。
咲が、こちらを見ている。
まっすぐな目。
逃げ場のない視線。
心臓が、大きく鳴る。
「どうしたの?」
首をかしげる。
ただ、それだけの仕草。
ただ、それだけの言葉。
なのに、どうしても、重なる。
あの夜の記憶と。
あの視線と。
あの距離と。
「……なんでもない」
無理に、笑う。
声が、少しだけ硬い。
「ちょっと、疲れてるだけだ」
咲は、少しだけ不思議そうにして——
それでも、すぐに笑う。
「そっか」
それだけで、戻っていく。
何事もなかったように。
美咲と話し始める。
笑い声が、また部屋に広がる。
いつも通りの夜。
守りたかったものが、そこにある。
だからこそ、勇は目を閉じる。
深く、息を吐く。
(……これでいい)
そう、言い聞かせる。
また何度も。
何度も。
繰り返す。
それでも胸の奥にある物は消えなかった。
むしろ。静かに、確実に。
大きくなり続けていた。




