表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
26/43

増えていくもの

 今年は自分にとって2度目の21世紀だ。

 カレンダーを見て、そんなことを思う。

 特別な意味はない。


 時間は、確かに進んでいる。

 順調だった。

 仕事はうまくいっている。

 家庭も、何も問題はない。


 むしろ。

 すべてが、整いすぎていた。

 なのに。

 違和感だけが、消えない。


 むしろ——

 日を追うごとに、強くなっていた。

 夜。

「パパ、これ読んで」

 咲が、いつものように絵本を差し出す。

「ああ」

 受け取る。


 ページを開く。

 何度も読んだはずの内容。


 でも、途中で咲が先に言う。

「ここでね、落ちるの」

 ページを指さす。

 何もない場所。

「……そうか?」

「うん」


 迷いがない。

「ここ、穴あるもん」

 心臓が、わずかに強く打つ。

 前にも、似たことを言っていた。

 そのときは、気のせいだと思った。


 でも、回数が増えている。

 同じことを、繰り返す。

 まるで——

 知っているかのように。

「……どこで覚えた?」

 聞く。


 咲は、少し考えて。

「わかんない」

 でも、すぐに続ける。

「でも、ほんとだよ?」

 その言い方。

 疑いがない。

 だからこそ、逃げ場がない。


 ページを見る。

 ただの絵。

 なのに。

 頭の奥で、何かが引っかかる。


 思い出しそうで。

 思い出せない。

 それが、いちばん気持ち悪い。



 別の日。

 公園で咲が、先に道を曲がる。

「こっちだよ」

 迷いなく言う。

「……なんでわかるんだ?」

「だって」

 振り返る。

「前も通ったもん」

 そんなはずはない。


 初めて来る道。

 でも、咲は迷わない。

 まるで知っている場所を歩くように。

 背筋が、冷える。

 そして——



 家。キッチンから、音がする。

「もうちょっと混ぜて」

「こう?」

「そうそう」

 美咲と咲の声。

 笑い声が混ざる。

 夕食の準備だろう。

 いい匂いがする。

 ありふれた光景。

 どこにでもある、家庭の時間。


 勇は、リビングの入口で立ち止まる。

 ふたりの様子を、見ている。

 美咲が笑う。

 咲も笑う。

 その姿は、あまりにも自然で。

 あまりにも、温かい。


 守ってきたもの。

 手に入れたもの。

 すべてが、そこにある。


 それなのに。

 視線が、咲に向く。

 自分には天使みたいな存在。

 ——のはずなのに。


(……なんで)

 胸の奥で、何かがざわつく。

(なんで、こんなに)

 知っている気がする。

 見たことがある。


 この距離。

 この視線。

 この存在。

 そして、どうしても消えないひとつの感覚。


(……思い出したくない)

 それでも。

 確実に、近づいている。

 咲が、ふと振り返る。

 目が合う。

 まっすぐな視線。

 逃げ場のない目。

 ——あのときと、同じ。


「パパ?」

 呼ばれる。

 現実が、戻る。

「……ああ」

 無理に笑う。

「いい匂いだな」

「でしょ!」

 咲が、うれしそうに笑う。

 その笑顔が、胸に刺さる。


 守りたいと思う。

 強く、思う。

 でも同時に。

 疑念が、消えない。

 それが、いちばん怖かった。


 この日常は、本物なのか。

 それとも——

 どこかで、歪んでいるのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ