小さな日々
朝。
「……ん」
小さな声。
目を開けると、すぐそばにいた。
まだ眠そうな顔。
小さな手が、布団をつかんでいる。
「おはよう」
声をかけると、少しだけ動く。
まぶたが、ゆっくり開く。
目が合う。
一瞬だけ、じっと見て——
「……あー」
声にならない声。
それだけで、笑ってしまう。
「起きたか」
指を差し出す。
小さな手が、それを握る。
弱いはずなのに、しっかりとした力。
その感触が、妙に確かだった。
隣で、美咲が目を覚ます。
「……おはようございます」
「おはよう」
自然に、言葉が重なる。
それだけの朝。
それだけで、満たされていた。
昼、ベビーカーを押して、公園へ行く。
風が、やわらかい。
空が、広い。
娘が、空を見上げる。
何を見ているのかは、わからない。
でも、その目は真っすぐだった。
ふと、立ち止まる。
(……守る)
言葉にしなくても、そう思う。
自然に強く。
それが、当たり前になっていた。
夜、泣き声で目が覚める。
「……はいはい」
眠い目をこすりながら、抱き上げる。
小さな身体。
あたたかい。
泣き止まない。
「どうした」
揺らす。
声をかける。
しばらくして——
ぴたりと、泣き止む。
その瞬間。
静けさが戻る。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……すごいな」
小さく、呟く。
言葉は通じていないはずなのに。
それでも、どこか伝わっている気がした。
名前を呼ぶ。
「——」
まだ少し慣れない響き。
でも。
その名前が、この存在を“自分の家族”として繋げている。
その実感が、少しずつ強くなる。
ふと、美咲が隣に来る。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
短く返す。
そのまま、並ぶ。
言葉は少ない。
でもそれでいい。
この空気が、すべてだった。
日々は、続く。
特別じゃない。
でも、ひとつひとつが、確かに残る。
笑う声。
泣く声。
触れる温もり。
それらすべてが、積み重なっていく。
(……これが)
ふと、思う。
(これが、守るってことか)
胸の奥に、静かに落ちる。
もう、迷いはなかった。
この日々を、守る。
それだけでいい。
それが、今の自分の全てだった。




