はじめての“家族”
病室の空気は、まだ少しだけ緊張を残していた。
娘は、静かに眠っている。その小さな寝息を聞きながら、勇は椅子に座っていた。
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは、美咲の両親だった。
「……どうも」
立ち上がり席を勧める。
少しだけ、ぎこちない動き。
「おめでとうございます」
義父が、穏やかに言う。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
義母は、まっすぐ娘のほうへ歩いていく。
「かわいいわねぇ……」
やさしい声、その様子を少し離れた場所から見ている。
不思議な感覚だった。
そこにあるのは、確かに“家族”の光景。
でも、自分はその中に入りきれていないような、そんな感覚。
「勇くん」
呼ばれる。
「はい」
顔を上げる。
「大丈夫かい?」
義父の言葉。
何気ない問い。
少しだけ、言葉に詰まる。
「……はい」
一度はそう答える。
でも。
続かなかった。
視線が、娘に向く。
小さな身体。
静かな寝顔。
その存在が、妙に現実的で。
そして、少しだけ怖かった。
「……あの」
口を開く。
自分でも、なぜ言おうと思ったのかわからない。でも止められなかった。
「俺……両親、いないんです」
静かな声。
部屋の空気が、少しだけ変わる。
義母が、振り返る。
義父は、何も言わずに聞いている。
「小さい頃に、亡くなって」
それ以上は、続けない。
説明するほどの記憶もなかった。
“いない”という事実だけが残っている。
少しの沈黙。
勇は、娘を見る。
「だから……」
言葉を探す。
「こういうの、よくわからなくて」
苦笑する。
「父親って、どういうもんなのか」
視線が、少しだけ揺れる。
「ちゃんと……できるのか」
最後は、ほとんど独り言だった。
自信はなかった。
守りたいとは思う。
でも “どうやって守るのか”は、知らない。
その不安が、胸の奥にあった。
そのとき。
「大丈夫だよ」
義父の声。
静かで、迷いのない声。
顔を上げる。
「最初からできる人なんていない」
ゆっくりと、言葉が続く。
「みんな、なっていくものだ」
その言葉が、まっすぐに届く。
飾りがない。
だからこそ、重い。
義母も、やさしくうなずく。
「そうよ」
微笑む。
「美咲だって、初めてなんだから」
その言葉に、少しだけ空気がやわらぐ。
勇は、ゆっくりと息を吐く。
胸の奥の、固かったものが少しだけほどける。
娘を見る。
静かに眠っている。
その存在が、変わる。
怖さだけじゃない。
少しだけ——
手を伸ばしてもいい気がした。
「……そう、ですね」
小さく、うなずく。
完全に不安が消えたわけじゃない。
しかし、ひとりじゃない。
それだけで、少し違った。
勇は、そっと娘に手を伸ばす。
小さな指が、触れる。
その瞬間。
胸の奥に、静かな熱が灯る。
まだ、わからないことだらけ。
でも。
それでいいと思えた。
初めて、“家族の中にいる”と感じた瞬間だった。




