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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
22/43

はじめての“家族”

 病室の空気は、まだ少しだけ緊張を残していた。


 娘は、静かに眠っている。その小さな寝息を聞きながら、勇は椅子に座っていた。


 扉が開く。

「失礼します」

 入ってきたのは、美咲の両親だった。


「……どうも」

 立ち上がり席を勧める。

 少しだけ、ぎこちない動き。


「おめでとうございます」

 義父が、穏やかに言う。

「ありがとうございます」

 頭を下げる。

 義母は、まっすぐ娘のほうへ歩いていく。

「かわいいわねぇ……」

 やさしい声、その様子を少し離れた場所から見ている。


 不思議な感覚だった。

 そこにあるのは、確かに“家族”の光景。

 でも、自分はその中に入りきれていないような、そんな感覚。


「勇くん」

 呼ばれる。

「はい」

 顔を上げる。

「大丈夫かい?」

 義父の言葉。

 何気ない問い。


 少しだけ、言葉に詰まる。

「……はい」

 一度はそう答える。

 でも。

 続かなかった。

 視線が、娘に向く。

 小さな身体。

 静かな寝顔。

 その存在が、妙に現実的で。

 そして、少しだけ怖かった。


「……あの」

 口を開く。

 自分でも、なぜ言おうと思ったのかわからない。でも止められなかった。


「俺……両親、いないんです」

 静かな声。

 部屋の空気が、少しだけ変わる。

 義母が、振り返る。

 義父は、何も言わずに聞いている。

「小さい頃に、亡くなって」

 それ以上は、続けない。

 説明するほどの記憶もなかった。


 “いない”という事実だけが残っている。

 少しの沈黙。

 勇は、娘を見る。


「だから……」

 言葉を探す。

「こういうの、よくわからなくて」

 苦笑する。


「父親って、どういうもんなのか」

 視線が、少しだけ揺れる。

「ちゃんと……できるのか」

 最後は、ほとんど独り言だった。

 自信はなかった。

 守りたいとは思う。

 でも “どうやって守るのか”は、知らない。

 その不安が、胸の奥にあった。


 そのとき。

「大丈夫だよ」

 義父の声。

 静かで、迷いのない声。


 顔を上げる。

「最初からできる人なんていない」

 ゆっくりと、言葉が続く。

「みんな、なっていくものだ」

 その言葉が、まっすぐに届く。


 飾りがない。

 だからこそ、重い。

 義母も、やさしくうなずく。

「そうよ」

 微笑む。

「美咲だって、初めてなんだから」

 その言葉に、少しだけ空気がやわらぐ。

 勇は、ゆっくりと息を吐く。

 胸の奥の、固かったものが少しだけほどける。


 娘を見る。

 静かに眠っている。

 その存在が、変わる。

 怖さだけじゃない。

 少しだけ——

 手を伸ばしてもいい気がした。


「……そう、ですね」

 小さく、うなずく。

 完全に不安が消えたわけじゃない。

 しかし、ひとりじゃない。


 それだけで、少し違った。

 勇は、そっと娘に手を伸ばす。

 小さな指が、触れる。


 その瞬間。

 胸の奥に、静かな熱が灯る。

 まだ、わからないことだらけ。

 でも。

 それでいいと思えた。

 初めて、“家族の中にいる”と感じた瞬間だった。


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