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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
21/43

誕生、そして

 夜だった。


 電話が鳴る。


「……来たみたいです」

 美咲の声。

 少しだけ、震えている。


「……わかった、すぐ行く」

 それだけ言って、受話器を置く。

 手が、震えている。



 落ち着け。

 何度も、自分に言い聞かせる。

 車に乗る。

 エンジンをかける。

 心臓が、うるさい。


 道は、覚えている。

 でも。

 妙に遠く感じる。

(間に合え)

 ただ、それだけを繰り返す。


 病院で走る。

 受付も、廊下も、全部飛ばすように。

 声が聞こえる。

 美咲の声。

 扉の前で、足が止まる。

 深く息を吸う。

 開ける。

 白い光。

 汗に濡れた顔。


 それでも、美咲は——

 笑っていた。

「……来てくれたんですね」

「ああ」

 それしか言えない。

 言葉が、足りない。

 すべてが、足りない。

 時間が、ゆっくりになる。

 声と指示、そして動き。

 すべてが、遠くなる。


 そして。

 ——泣き声。

 小さくて、確かな音。

 世界が、止まる。

「……生まれましたよ」


 誰かの声。

 でも、もう聞いていない。

 目の前にあるものだけを、見ている。


 小さな身体。

 赤い顔。

 動いている。

 生きている。

 手が、震える。

 差し出されたその存在を、受け取る。


 軽い。

 でも、信じられないほど、重い。

「……」

 言葉が、出ない。

 ただ、見つめる。

 その顔を。

 目を。

 小さな、口。


 そして——

 ふと。

(……あれ)

 何かが、引っかかる。

 どこかで。

 見たことがある。

 そんな感覚。

 ありえない。

 初めてのはずなのに。

 なのに。

 胸の奥で、何かがざわつく。


(……違う)

 すぐに、打ち消す。

 そんなはずはない。そんなことはない。


 これは。

 自分の娘だ。

 初めて会う存在だ。

 それだけだ。

 それだけのはずなのに。


 それでも。

 視線が、離れない。

 その目。

 まっすぐで。

 逃げ場のない目。

 ——どこかで。


「……かわいい」

 声が、震える。

 ようやく出た言葉。

 それでいい。

 それだけでいい。

 腕の中の温もりが、現実を引き戻す。


 美咲が、少し疲れた顔でこちらを見る。

「どうですか?」

 笑っている。

 その顔を見て、やっと息ができる。

「……ああ」

 ゆっくり、うなずく。

「……すごいな」

 それ以上は、言えなかった。


 でも。

 十分だった。

 この瞬間。

 すべてが満たされていた。


 家族、守るもの。

 手の中にある、確かな存在。

 胸の奥で、言葉になる。

(……ありがとう)

 静かに、呟く。

 神に。

 この時間に。


 そして——

 この小さな命に。


 やさしい光が、部屋を包んでいた。

 その中で。

 ほんのわずかに——

 消えきらない違和感だけが、静かに残っていた。


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