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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
20/43

広がっていく日々

 仕事は、さらに忙しくなっていた。


「田中、次の案件も頼む」

 課長の声。

「はい」

 迷いなく、答える。

 任される範囲が増える。

 見るべきものも増える。

 でも。

 不思議と、苦ではなかった。


 やるべきことが、はっきりしている。

 積み上げれば、結果になる。

 その感覚を、もう知っていた。

 デスクに戻る。


「さすがですね、主任」

 同僚が笑う。

「……まだ慣れないな」

「でも、似合ってますよ」

 軽い会話。


 でも、その言葉が、ちゃんと届く。

 以前の自分とは違う場所にいる。

 それを、実感する。




 帰り道。

 空を見上げる。

 少しだけ、息を吐く。

(……悪くない)

 そう思える日が、増えていた。


 家に帰る。

「おかえりなさい」

 美咲の声。

「ただいま」

 そのやり取りも、もう当たり前になっている。

 当たり前だからこそ、心地いい。




 ある日。

「ねえ」

 美咲が、少しだけ真剣な顔で言う。

「そろそろ……考えません?」


「……何を?」

「家」

 一瞬、言葉が止まる。

 家。

 頭の中で、その言葉が広がる。

「赤ちゃんも生まれますし」

 やわらかく続ける。

「もう少し、広いところ」


 ゆっくりとうなずく。

「……そうだな」

 考えたことがなかったわけじゃない。

 しかし、現実として目の前に置かれると

 少しだけ、重みが違う。


 休日。

 ふたりで、不動産屋を回る。

 間取り図を見て、話す。

「ここ、明るいですね」

「収納もあるな」

 そんな会話。

 まだ何も決まっていない。


 けれどその時間が、どこか楽しい。

 未来を、少しずつ形にしていく感覚。


 やがて。

 ひとつの家に、決める。

 大きすぎない。

 でも、十分な広さ。

 窓から光が入る。

「……ここにしましょうか」

 美咲が言う。


 少しだけ、不安そうに。

 勇は、ゆっくりとうなずく。

「……ああ」

 その一言で、決まる。


 契約書に、名前を書く。

 ペンを持つ手が、わずかに重い。

 でも、もう逃げる気はなかった。

 これは、守るための選択だ。


 家を出る。

 空が、広い。

 風が、やわらかい。

 隣に、美咲がいる。

 お腹に、まだ小さな命。


 そして——

 これから始まる生活。

 すべてが、静かに繋がっている。

(……ここまで来たか)


 ふと、思う。

 昔の自分では、考えられなかった。

 何も持たなかった自分が。

 今は守るものが、こんなにもある。

 胸の奥に、あたたかいものが広がる。


「……ありがとな」

 小さく、呟く。

 神に向けてか。

 それとも——

 この時間すべてに向けてか。

 わからない。


 ただこの日々が続けばいいと、思った。

 それだけだった。


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