表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
19/43

1年後、そして

 季節が、ひとつ巡った。


 朝。

「いってらっしゃい」

 玄関で、美咲が見送る。

「ああ、いってくる」

 それだけのやり取り。


 ドアを閉める。

 外に出る。

 少し冷たい空気。

 振り返ることはない。


 でも、そこに帰る場所があるとわかっている。それだけで、足取りは軽い。

 仕事は、順調だった。

 任されることが増える。

 責任も増える。


 それでも。

 前のように、逃げたいとは思わなかった。

 帰る場所がある。

 それだけで、踏ん張れる。



 夜。

 ドアを開ける。

「おかえりなさい」

 その声が、迎える。

「ただいま」

 自然に出る言葉。

 部屋の中に、温かい空気がある。

 食事の匂い。

 テレビの音。

 何も特別じゃない。

 でも。

 確かに、満たされていた。



 ある日。

「……ねえ」

 食卓で、美咲が少しだけためらうように言う。

「ん?」

 顔を上げる。

 目が合う。

 その表情が、少しだけ違う。

「……できたみたい」

 一瞬、意味が追いつかない。

「……え」

 言葉が止まる。


 美咲が、少しだけ照れたように笑う。

「赤ちゃん」

 時間が、ゆっくりになる。

 音が、遠くなる。

 理解が、追いつく。

「……ほんとか」

「はい」

 小さく、うなずく。

 胸の奥が、強く揺れる。

 言葉が、出てこない。

 ただ、目の前にある現実が、じわじわと広がる。


 家族。

 もう、ふたりじゃない。

 3人になる。

 その事実が、静かに重なる。

 両親のいない、家族のいなかった自分が。


 気づけば、手が伸びていた。

 美咲の手を、握る。

 少しだけ、震えている。

「……大丈夫か」

 出た言葉は、それだった。

 美咲が、やわらかく笑う。


「大丈夫です」

 その声に、少しだけ安心する。

 かれど胸の奥は、まだ揺れている。


(……俺が)

 考える。


(俺が、父親に)

 実感は、まだ薄い。

 でも。

 確かに、そこにある。

 守るという責任。


 ふと、思う。

 昔の自分には、何もなかった。

 守るものも。

 守ろうとする気持ちも。


 でも今は。

 違う。

 守りたいと思う。

 それが、はっきりとある。

 それだけで、十分だった。




 夜、窓の外に、静かな光。

 隣に、美咲がいる。

 その手の温もり。


 そして——

 まだ見ぬ、小さな存在。

 胸の奥で、言葉になる。

(……ありがとう)

 静かに、呟く。


 この時間に。

 この場所に。

 そして——

 与えられた、この“家族”に。

 やさしい夜が、ゆっくりと流れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ