結婚
報告は思ったよりもあっさり受け入れられた。
「そうか、結婚するのか」
課長が、少し驚いたように目を細める。
「……はい」
「いいじゃないか」
短く笑う。
「最近の仕事ぶり見てればな、そういう流れになるのも納得だ」
周りからも声が飛ぶ。
「おめでとうございます」
「やるじゃないですか、田中さん」
照れくさい。
でも。
うれしかった。
ちゃんとここにいる。
ちゃんと認められている。
その実感が、胸に残る。
式は、大きなものじゃなかった。
派手さはない。
招いた人も、多くはない。
それでも。
十分だった。
並んで立つ。
美咲が、隣にいる。
白い衣装。
少し緊張した顔。
でも、目が合うと——
やわらかく笑う。
それだけで、胸がいっぱいになる。
誓いの言葉。
声に出すたびに、現実になる。
逃げ場はない。
でも。
逃げるつもりも、もうなかった。
拍手が、静かに広がる。
振り返る。
職場の人たち。
課長。
見慣れた顔が、そこにある。
誰も、遠くない。
その中に、自分がいる。
ふと、思う。
昔の自分には、何もなかった。
繋がりも。
居場所も。
ただ、流されるだけの日々。
でも今は。
違う。
隣に、美咲がいる。
それだけで、十分だった。
式が終わる。
少しだけ静かな時間。
ふたりきりになる。
言葉は、少ない。
でもその沈黙が、心地いい。
「……なんか、実感ないな」
ぽつりと呟く。
美咲が、少し笑う。
「そのうち、わかりますよ」
やわらかい声。
その言葉に、うなずく。
ふと、空を見上げる。
光が、やさしく差し込んでいる。
(……これが)
胸の奥で、言葉になる。
(これが、幸せか)
静かに、噛みしめる。
誰に向けるでもなく。
「……ありがとう」
小さく、呟く。
神様に向けてか。
それとも——
ここまで来た時間すべてに向けてか。
わからない。
ただ。
確かに、そこにあった。
自分の居場所。
そして——
初めて手に入れた、“家族”。
その温もりが、胸に残っていた。




