表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第1章2005年
2/43

少女

車の中は、やけに静かだった。

エンジンは止めてある。

窓の外では、風に揺れる木の葉がかすかに擦れる音だけがする。



助手席に、小さな影。

10歳くらいだろうか。

少女は、何も言わない。

さっきまで泣いていたはずなのに、今はただ、じっとしている。


その沈黙が、かえって重かった。

勇はハンドルに手を置いたまま、動けずにいた。

(……終わらせるだけだ)


そう思う。

ここまで来たんだ。

あとは、解放すればいい。


金は手に入った。

約束通り、返せばいい。

それで——全部終わる。

そういうはずだった。



「……あの」

かすかな声。

びくりと肩が揺れる。

視線を向けると、目覚めたばかりの少女がこちらを見ていた。



暗がりの中でも、はっきりとわかる目。

まっすぐで、逃げ場のない目。

「おじさん……」

その呼び方に、胸の奥がざわつく。

ただの呼びかけのはずなのに、なぜか引っかかる。

 

勇は視線を逸らした。

「……もうすぐだ」

自分でも驚くほど、声は普通だった。

「帰れる」


嘘ではない。

そのつもりだった。

ドアに手をかける。

外に出て、どこかに置いていく。

それで終わり。

そう決めている。


なのに——

手が動かない。

(何やってんだ、俺は)


苛立ちがこみ上げる。

ここで止まる理由なんてない。

これはただの手順だ。

間違っていない。

 

誰も傷つけるつもりはなかった。

最初から、そうだった。

「……お父さん、怒ってるかな」

少女が、小さくつぶやく。

 

その言葉に、思考が止まる。

 父親。

 家族。


そんな言葉、今の自分には関係ないはずなのに。

頭の奥で、何かが引っかかる。

知らないはずの感情が、にじむ。


「……知らない」

吐き捨てるように言う。

それ以上、考えたくなかった。

 

ドアを開ける。

外の空気が流れ込む。

これで終わる。

終わらせる。



 

そのとき。

少女の視線が、まっすぐこちらに向いた。

暗闇の中で、はっきりと目が合う。

逃げ場のない、認識。


——見られた。

その確信だけが、頭を貫いた。

(まずい)

理屈じゃない。


ただ、それだけが全身を支配する。

ここで離せば、終わる。

すべてが終わる。

もう戻れない。




「……やめろ」

何を止めたいのか、自分でもわからないまま。

声が、震える。


次の瞬間。

拳は、振り下ろされていた。

2005年の夏だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ