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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
14/43

支えられる側

 その日は、朝から調子が悪かった。

 理由は、わかっている。


 悪夢を見た。

 暗い場所。

 声と視線。

 途中で目が覚めたのに、

 残った感覚だけが消えない。


(……大丈夫だ)

 何度も、自分に言い聞かせる。

 仕事に出る。

 いつも通り、動く。


 でも。

 どこか、噛み合わない。

 小さなミス。

 言葉が出てこない瞬間。

 午後になる頃には、はっきりとわかる。


(……ダメだな、今日)

 無理に立て直そうとして、余計に崩れる。

 定時に帰る。

 足が自然と向かう。

 弁当屋。


 ドアを開ける。

「いらっしゃいま——」

 美咲の声が、途中で止まる。

「……どうかしました?」

 少しだけ、顔を覗き込まれる。


「いや」

 反射的に否定する。

「なんでもない」

 いつもの言葉。

 でも、今日は少しだけいつもと違った。

 視線が、逸らせない。

 何かを見抜かれている気がする。




 沈黙。

 ほんの数秒。

 それから、美咲が静かに言う。

「……無理してますよね」


 否定の言葉が、出てこない。

 代わりに、息が漏れる。

「……まあ」


 それ以上、何も言えない。

 言葉にしたら、崩れそうだった。

 美咲は、少し考えてから言う。

「閉店、あとちょっとなんです」

 時計を見る。

「終わったら……少し、外出ません?」


 驚く。

「……いいのか?」

「はい」

 やわらかく、うなずく。

 断る理由は、なかった。


 夜、店のシャッターが下りる。

 少し離れた場所のベンチ。

 並んで座る。


 風が、静かに吹いている。

 しばらく、何も話さない。

 それでよかった。


 やがて。

「……昔のこと、ちょっと思い出して」

 ぽつりと、言葉が落ちる。

 自分でも、驚く。

 言うつもりはなかった。


 でも。

 止められなかった。

「……あんまり、いいもんじゃない」

 それだけ。


 詳しくは言わない。

 言えない。

 美咲は、何も聞かない。

 ただ、静かに聞いている。

 それが、ありがたかった。


「……変な話だな」

 苦笑する。

 でも。

 少しだけ、楽になる。


 隣から、声。

「変じゃないですよ」

 短く、やわらかく。

「誰でも、そういうのあります」


 その言葉に、救われる。

 肯定でも、否定でもない。

 ただ、そこに置いてくれる感じ。

 勇は、ゆっくりと息を吐く。

 肩の力が、抜ける。


「……ありがとな」

 自然に出た言葉。

 美咲は、小さく笑う。

「どういたしまして」


 それだけ。

 それだけなのに。

 胸の奥に、確かなものが残る。

 ひとりじゃない。

 そう思えた。


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