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やり直しの終わりに  作者: カンヌワルト
第2章1995年
13/43

少し外へ

 その日も、いつも通りだった。


 仕事を終えて、弁当屋に寄る。

「いらっしゃいませ」

 美咲の声。

 もう聞き慣れたはずなのに、どこか安心する。


「今日は少し遅かったですね」

「ちょっとな」

 短い会話。

 弁当を受け取る。

 会計を済ませる。


 いつもなら、そのまま帰る。

 でも。

「……あのさ」

 言葉が、少しだけ詰まる。

 美咲が顔を上げる。


「はい?」

 ほんの一瞬、迷う。

(やめとくか)

(別にこのままで——)

 でも。


「今度、休みの日とか」

 言いながら、自分でも驚く。

「……飯でもどう?」




 沈黙。

 長くはない。

 でも、妙に長く感じる。


 美咲は少し考えてから——

「……いいですよ」

 やわらかく、笑う。


 胸の奥が、わずかに動く。


「じゃあ……」

 言葉を探す。

「日曜、昼とか」

「はい」

 それだけで、決まる。

 特別な約束でもない。

 でも。

 いつもとは、違う。


 店を出る。

 夜の空気。

 足取りが、少しだけ軽い。


(……約束したな)

 それだけのことなのに。

 胸の奥に、小さな熱が残る。




 日曜日の駅前。

 少し早く着いた。

 時計を見ると、まだ時間はある。

 人の流れを、ぼんやりと眺める。


(……来るよな)

 ふと、不安になる。

 その時。

「すみません、お待たせしました」


 振り返ると、美咲が立っていた。

 私服、店とは違う、少し柔らかい雰囲気。

「いや、今来たとこ」

 定番の言葉。


 少しだけ、お互いに笑う。

 並んで歩き出す。

 店へ向かう。

 会話は、途切れ途切れ。

 でも。

 気まずくはない。


「普段、こういうとこ来ます?」

「いや、あんまり」

「私もです」

 それだけで、少し距離が縮まる。


 店に入る。

 注文をする。

 待つ間、ふと沈黙が落ちる。

 でも、前と違って逃げたくならない。

 そのまま、受け止められる。


 料理が来る。

「いただきます」

 同時に、軽く頭を下げる。

 食べる。


「……うまいな」

「ですね」

 自然に、言葉が続く。

 仕事の話。

 どうでもいい話。

 少しだけ、これまでのこと。


 笑う。

 時間が、ゆっくり流れる。

 店を出る頃には——

 “ただの知り合い”では、なくなっていた。




 帰り道。

「今日は、ありがとうございました」

「いや、こっちこそ」


 少しだけ、立ち止まる。

 何か言おうとして、やめる。


 それでも。

「また、行きましょう」

 自然に、言葉が出る。

 美咲が、少しだけ笑う。

「はい」

 それだけで、十分だった。




 別れて歩き出す。

 振り返らない。

 でも、胸の奥に確かなものが残っていた。


(……いいな)

 小さく、思う。

 ただの一日。

 それでも、確かに何かが変わっていた。


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