第七章 正体
エレベーターは、通常の階を飛び越え、冷たい鋼鉄とコンクリートでできた通路を遥かに下回り、ルナ・コア島の心臓部へと一気に下降した。
下降するにつれて、警報の赤色灯は激しさを増し、空気は重く、耳鳴りがするほどの重低音が響き始めた。
悠也とアヤメは、武装警備員に挟まれ、最下層の広大なホールへと連行された。
ホールの中央には、規則正しく巨大なガラスカプセルが並んでいた。青みがかった液体に満たされたカプセルの中には、異形の存在ディーペストが、まるで胎児のように浮遊している。アヤメが話していた、ナノマシン兵器のプロトタイプたちだ。
「ここが、すべての始まりだ」
如月会長は、満足げにホールを見渡した。
彼の背後で、警備員たちが周囲を固めている。
悠也とアヤメの体は、ロープで椅子に拘束された。
如月会長は、ホールの最も奥まった一角にある、分厚いガラスケースに覆われた展示台へと悠也の視線を向けた。
「アヤメ。貴様は、自分がナノテクノロジーの粋を集めて作られた『人間もどき』だと思っているだろう。
だが、それは表面的なことだ」
会長は、展示台の照明を点灯させた。
ガラスケースの中には、奇妙な色と形状をした、わずかな組織片が、厳重な液体の中で保管されていた。それは、この世の生物とは似つかない、おぞましい存在感を放っていた。
「見よ、七瀬賢人の息子よ。そして、アヤメ、貴様たちには、この真実を知る資格がある」
如月会長は、高揚した声で告げた。
「これは、数年前に深海の海底遺跡から回収された、クトゥルフの遺伝子標本だ。
この地球外の神の遺伝子をベースに、我々はナノマシンを設計し、適合者を創造した。
貴様たちの超常的な能力、そしてあの異形の姿は、人類の科学ではなく、神々の血に由来するのだ」
アヤメは、信じられないというように、大きく目を見開いた。彼女の体内に流れる「生命」の源が、人間ではなかったという事実に、彼女は激しく動揺した。
「まさか……」
「そうだ。貴様は、神の力のコピーだ。だが、神は制御できぬ。故に、ナアノマシンが必要だったのだ」
如月会長は、悠也から奪い取った古い写真を取り出した。
「さて、茶番は終わりだ。愚かな賢人が残した最後の抵抗を終わらせる」
会長は、ホールの中心にある、巨大なコア制御コンソールへと向かい、写真を平らなスキャナーの上に置いた。彼は、写真の裏に書かれた数列を、コンソールのキーパッドにゆっくりと入力し始めた。
『4-LUNA-C-724-ORP-X』
入力が完了し、如月会長が最終ボタンを押した。
ビーーッ!
コンソールは激しい赤色灯で点滅し、エラー音が鳴り響いた。
『警告:最終鍵無効。ナノマシン・コア、起動失敗』
「何だと!?」如月会長の顔から笑みが消え、怒りに歪んだ。「なぜだ!七瀬賢人の筆跡、コード、すべて一致しているはず!」
その瞬間、ホールのエレベーターのドアが静かに開いた。
そこに立っていたのは、あの白衣の男、その顔には、先ほどまでの不気味な笑顔に加え、明確な嘲りの表情が浮かんでいた。
白衣の男は自作のレーザーライフルを肩に担いだまま、ゆっくりとホールに入ってきた。武装警備員たちは、指示を待って彼に銃口を向けていない。
「やあ、如月会長。お久しぶりですね」
まるで友人に話しかけるように、陽気な声で言った。
「僕のこと、わかるかな?ああ、無理もないか。五年も経ったんだから」
如月会長は、その男の存在に、顔を青ざめさせた。
「貴様は……なぜ生きている!?そして、なぜここに!」
鷺沼は、ニコニコとした笑みをさらに深くした。
「ハハハ、なぜって?だって、僕がすべての始まりなんだから、当然ここにいるでしょう?」
男は制御コンソールを指差した。
「あのコード、七瀬博士のオリジナルだよ。でもね、会長。博士がナノマシンを設計し直した時から、鍵の機能はすり替わっている。君が入力したのは、ナノマシンの制御権を停止させるコードじゃなくて、僕に譲渡するためのコードだよ」
如月会長は震えた。
「何を……馬鹿な!」
「馬鹿じゃないさ」鷺沼は、優しく、しかし残忍な声で続けた。
「会長。五年前、海底でクトゥルフの遺伝子データをあなたに提供した研究員がいたよね?ナノマシンの研究を過剰に推奨し、巨額の予算を引き出させた、あの狂信的な協力者が」
男は、そのニコニコとした笑顔のまま、自らを指差した。
「そう、それが僕だよ。そして、僕の真の名は……」
彼の瞳の奥が、一瞬、深海の闇のような異質な光を放った。
「ニャルラトホテプさ」
悠也とアヤメ、そして如月会長は、目の前の男が、すべてを操る、邪悪な神々の使者であるという、究極の真実に打ちのめされた。




