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深い青色  作者: Yasu
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第三章 研究所

父の研究とアヤメの正体

深夜0時。クレセント・アーク島全体が深い静寂に包まれる時刻だ。インターン生たちの多くは既に眠りについているか、自室で翌日の準備に勤しんでいる。


悠也は黒っぽい服に着替え、父の古い写真と、小型の多機能ツールだけをポケットに忍ばせた。

人感センサーや監視カメラの配置は、昼間のインターンシップで覚えた配置図を頼りに、頭の中で何度もシミュレーションしてある。


彼はホテルの裏口から忍び出し、島の複雑な通路を縫ってセントラルタワーを目指した。

灰色の人工島は闇に沈み、遠くで波の音が響いている以外、物音一つしない。

セントラルタワーの裏手にある資材搬入口(エリアC-0)。


そこは、普段は大型の輸送トラックが出入りする巨大なシャッターと、厳重な認証システムに守られた小さな通用口があった。

悠也が通用口の暗い影に身を潜め、周囲を警戒した、その瞬間。

「こちらです」

背後から、微かな声がした。振り返ると、そこにはアヤメが立っていた。彼女は、暗闇に溶け込むような濃紺のパーカーを着ていた。昼間の可憐なワンピースとは対照的な姿だが、その透き通るような瞳の切迫感は変わらない。

悠也はすぐに通用口の扉に目をやった。扉は既にわずかに開いていた。

「どうやって……」

「質問は後です。時間がない」

アヤメは簡潔に言い、悠也を促した。彼女は扉の認証パネルに、何か特殊なカードのようなものを素早くかざし、すぐにカードを回収した。

[ACCESS GRANTED]

カチャン、と内部のロックが解除される鈍い音。

二人は素早く扉をくぐり、内部に滑り込んだ。


通用口の先は、冷たいコンクリートの通路だった。

地下へと続く階段を降りるにつれて、湿気と、わずかに焦げたような匂いが濃くなっていく。

アヤメは、懐中電灯もつけず、迷うことなく通路を進む。その姿は、この地下構造の全てを知り尽くしているかのようだった。

長い通路を抜け、さらに深いセキュリティゲートをいくつか迂回した後、二人はついに目的の研究エリアの前にたどり着いた。


重厚な金属の扉には、**「LUNA-CORE PROJECT: AREA C-7」**と記されている。

アヤメが認証パネルを操作すると、扉は静かに開いた。

内部は異様な光景だった。

そこは、まるで巨大な生き物が暴れ回った後のように、ボロボロに破壊されていた。分厚い隔壁はねじ曲がり、高性能なサーバーラックは引き裂かれ、床にはガラス片と、識別不能な電子部品が散乱している。

五年前の「事故」の痕跡。

まるで、研究施設というより、戦場の跡地だ。

悠也は、その惨状に言葉を失い、一歩足を踏み入れた。

「……信じられない」

アヤメは、破壊されたコンソールの上に腰掛けた。

その顔には、深い疲労の色が浮かんでいる。


「この場所が、七瀬博士と私たちがいた研究所です。

私が、あなたに伝えたいことの全てが、ここで起こりました」

アヤメは、静かに話し始めた。その声は、この荒廃した空間に、重く響き渡る。

「LUNA-CORE Project。表向きはエネルギー開発ですが、その真の目的は、ナノマシンの開発でした。

それは、人体の細胞レベルに介入し、治癒や能力強化を行う夢の技術と謳われていた。

しかし、如月会長が求めたのは、兵器としての完成でした」

悠也は息をのんだ。

「兵器……」

「はい。ナノマシンを体内に取り込み、完全に自己と融合させるための適合者が必要とされた。私たちオルフェウスのプロトタイプは、生体工学とナノテクノロジーの粋を集めて生み出された。あなたの父、七瀬賢人博士は、その開発チームのトップでした」

アヤメは、自らの白い手を見つめた。

「そして、私はその適合実験の被験体、コードネーム『アヤメ』。唯一の成功例です。私の体には、世界で最も進化したナノマシン兵器のコアが埋め込まれている。如月会長は、私を、感情を持たない、完全に制御可能な兵器として完成させようとしました」

悠也は、目の前の可憐な少女の正体に、戦慄した。

「父さんは、そのことを知っていたのか?」

「知っていました。そして、最後まで反対した。五年前、会長が私たちを兵器として起動させようとした、まさにその時、博士は命を賭して、この区画を破壊し、システムにロックをかけました」


アヤメは、破壊された部屋の中央を指差した。

「このボロボロの場所が、博士の最後の抵抗の跡です。

彼は私たちを兵器として使わせないために、ナノマシンの制御プログラムを最終鍵ファイナルキーで暗号化し、この島から姿を消した。博士は、私たちを、兵器ではなく、ただの『人間』として生かしたかった」


彼女の瞳が、悠也のポケット、父の写真が隠された場所に向けられた。

「あなただけが、その最終鍵のヒントを持っている。如月会長は今、その鍵の再構築を急いでいます。私たちが兵器として目覚めるのも、時間の問題です」

アヤメは立ち上がり、悠也の目を見据えた。

「だから、私はあなたをここへ案内した。

博士の息子であるあなたに、私を『止める』ための真実を知ってほしい」


悠也は、あまりに重い真実に、言葉を失っていた。彼はナノマシン兵器のコアを埋め込まれた少女を前に、何をすべきか分からなかった。


アヤメは、悠也の動揺を見ても、表情を変えなかった。

彼女は、瓦礫の中から、辛うじて原型を留めている古いコンソールを起動させた。

コンソールはノイズを立てながらも、壁に亀裂が入ったホログラムスクリーンを立ち上げた。

「これは、五年前の『事故』が起こった時の、極秘記録です。博士が私をかばって、システムにロックをかける直前の映像」

アヤメは、静かに言った。

「見てください。これが、私たちが『兵器』として目覚めるということの、真の姿です」


スクリーンに映し出されたのは、五年前の、まだ破壊されていなかったこの研究所の様子だった。七瀬賢人博士を含む数人の研究員が、中央の実験台に横たわるアヤメのプロトタイプ体を囲んでいる。緊張した雰囲気の中、如月所長の冷酷な声が響く。

「起動開始!ナノマシン融合率、99パーセントへ。兵器コードを流せ!」

映像のアヤメは、苦痛に顔を歪ませた。


その瞬間、警報が鳴り響いた。

『警告!ナノマシン制御コア、暴走!』

実験室の照明が激しく点滅する中、横たわっていたアヤメの背中の皮膚が、不自然に盛り上がり、裂けた。

グチャリ……という、おぞましい音と共に、黒光りする三本の「触手」が、彼女の脊髄から一気に飛び出した。それは、鋭利な金属の刃のように見えた。

触手は、まるで意思を持った獣のように暴れ狂った。

ヒュンッ!

触手の一本が、研究員の一人の胸を貫き、壁に叩きつけた。別の触手が、制御コンソールを叩き壊す。


研究員たちの悲鳴が木霊する中、悠也の父、七瀬賢人博士が映し出された。彼は恐怖に顔を歪ませながらも、実験室の隅にある緊急ロックパネルへ向かって必死に走っていた。


博士はパネルに手をかけ、緊急コードを入力し始めた。

その時、暴走するアヤメの触手の一本が、博士の背後から伸びた。

ブチッ……

次の瞬間、映像は激しいノイズと共に途切れた。


悠也は、その惨劇の瞬間を直視したまま、全身から血の気が引くのを感じた。

「……父さんが、死んだのは、事故じゃ、ない」悠也は、声が掠れていた。

アヤメは、崩壊したコンソールに座ったまま、静かに答えた。

「はい。博士は、私を止めるためのロックをかける直前に……私の暴走によって殺されました。私が、私の体内のナノマシンが、七瀬博士を……あなたの父を殺したのです」

彼女の透き通るような瞳には、自らの存在に対する深い絶望と悲しみが宿っていた。

「私は、兵器です。博士が命を賭けて守ろうとした存在は、博士自身を殺しました。だから、あなたに真実を知ってほしい。この島と、私たち『適合者』を、本当に終わらせるために」

悠也は、握りしめた父の写真の感触を確かめた。

父の死は、この少女アヤメが原因だった。

しかし、彼女自身もまた、如月会長の野望の犠牲者だったのだ。

悠也の心の中で、復讐心と、アヤメへの哀れみが複雑に絡み合った。

彼がすべきことは、復讐ではない。

父が命を賭して守ろうとした「使命」を完遂することだ。


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