閣下、あの?
やっぱり遠距離狙撃は苦手だ。
結局狙撃スコアも支援も最下位で、罰として大湯の掃除を命じられた。
魔法自体は使える、んだけどなぁ。
銃身を構築するまでは出来るけど、いざ撃つなると魔力か少しブレる。
その少しのブレで狙撃精度は格段に落ちる。
「はぁー…情けないなぁー…。」
この世界に来てもうすぐ8年がたつ。
私の魔法はジョンおじいさんとクロエおばあちゃんが、直々に仕込んでくれたものだ。
2人は昔、 すごい魔法使いだったらしい。
その2人に習ったのにこの体たらく、まったく情けない。
大湯を掃除するときは、一番最後に入浴する。
本当はちゃんと清掃係がいるのだけど、罰なので私がやるのだ。
時間も遅いし、誰もいない浴槽を独り占めできるのは中々に至福だけど、心はどんより沈みぎみ。
広い浴槽の端で膝を抱えて、俯く。
何でも無いのに、涙が溢れて止まらない。
「私だって、頑張ってるのに。」
もっと頑張らなきゃ。
「だれか褒めてよ。」
褒められる事もしていないのに?
「何でだろ。」
そりゃ君が落ちこぼれだからさ。
「あー…いかん。逆上せる、あがろ。」
浴槽から上がり、栓を抜く。
残り湯に洗剤をぽいぽいっと入れて、水流を操り浴槽を洗う。
頭と体を拭いている間に、洗い場も洗う。
粉洗剤を撒き、ブラシを操作して広い洗い場もゴッシゴシと磨く。
雪原が戦場だとしても、女子は女子。
排水溝に溜まった石鹸が絡み付いた髪の毛を、全て魔法で取り出しゴミ箱へゴーシュー!!!
最後は風魔法で乾かしてぴっかぴかの大湯の出来上がりぃ!
その間私は自分の体を拭いているだけ。
魔法って便利だよなぁー、同時に発動すれば体を拭く片手間に掃除が出来ちゃうんだから。
「♪~」
脱衣場も洗面台もきれいにして、少し気分が上がる。
お風呂場キレイにすると、ちょっとウキウキするよねー。
明日の一番風呂には入れないけど、入浴の時間が楽しみだ!
こんな日はそうだなー、コーヒー牛乳が飲みたい。
私は軽い足取りで共同キッチンに向かった。
「あれ、電気がついてる。」
キッチンの扉は磨りガラスが嵌められた引き戸だ。
その磨りガラスにぼんやりとオレンジ色の灯りが見える。
共同キッチンだから、誰かがいても不自然ではないけど…この時間に人が居ることはまず無いから、ちょっとドキドキする。
「失礼します。」
一応ノックしてキッチンに入ると、人は居た。
居たには居たけど…
「あっ。」
「閣下、こんばんは。その、蜂蜜は瓶ごと食べるものでは無いと思うのですが…?」
蜂蜜の瓶を抱えた、真っ黒い軍服が似合いすぎる美丈夫ことラインハルト閣下が居た。
蜂蜜の瓶にスプーンを突っ込んでいる閣下。
しかも瓶が結構大きい。
黄色いくまさんかな?
えっ?皇族って蜂蜜瓶ごといくの?
「いや、違う。食べようとはしていない。」
「あの、僭越ながらスプーンを瓶に…」
「違うからな?流石の俺でも蜂蜜を瓶ごと食べたりはしない…よ?」
「食べたことがおありですね?」
「むぅ。ばれたか。」
瓶ごと食べてたよこの閣下。
この人の食生活ってどうなってるんだろ…。
めちゃくちゃ偉い人だから、食生活を管理する人の1人や2人はいるだろうに。
「うん、食べようとしてこの瓶にスプーンを入れた訳じゃない。君に分けてあげようとしたんだよ。」
「?私に、ですか?」
「この間のパングラタン、とても美味しかった。本当に美味しかったんだ。温かくて、作った人がすぐ近くにいて。それに髪まで乾かしてもらった。御礼もなにもしないのは、気に触るんだ。」
「そんな、私がしたかったからやった迄なのです。閣下が気にすることではないのですよ?」
「うん、それでも俺がしたいんだ。受け取って?まぁこの格好じゃあ、あれだけど。」
小脇に蜂蜜の瓶を抱えてて、スプーンを突っ込んでいる閣下、なんだか可愛らしいこと言ってますねぇ、心臓ギュンギュンするわ、閣下に課金するには何処に課金したらいいの?
「ふふっ、ありがとうございます閣下。」
"北の軍神"、"白狼"、"銀の死神"と各所に広がる二つ名を背負っている人とは思えないほど、閣下は丁寧な方だ。
こんな下っぱの下にわざわざお礼なんて、いらないのに。
その気持ちだけで充分なのに。
あー、何だかすごく温かいなぁ。
「わー…笑ったー…」




